黎明の刻 | ナノ


 拾われた野良犬



用を足すといって暫くその場から姿を消した芹沢さんがようやく戻ってきたかと思えばその片手に担ぐものを見て雅人は瞠目した。昔からこの人は面倒ごとばかりを持ち帰って来ているが、今回は犬や猫ではない人間の子供――それも自分と大して年が変わらない少年なのである。

「芹沢先生、その小童は……」

少年を背負えと平間に押し付け、手が汚れたと払っている芹沢さんにおずおずと新見が尋ねた。

「そこで拾ってきた」
「拾ってきたって……同行者を無断で増やされては我々も困ります」

同じく浪士組として京へ向かっていたうちの一人、山南が怪訝そうな表情を浮かべた。無理も無い、道中幾度も芹沢の横暴に付き合わされてきた身としてはいい加減勘弁してくれと言いたくもなるだろう。だがこの場で彼の擁護をして芹沢の機嫌を損ねるほど愚かではない。事の成り行きを見つつも無難に少年の身なりについて告げた。

「攘夷志士から追いはぎにでもあったのでしょう、このご時世珍しくないことだと聞いています」
「そうなのか……それは不運だったな」

雅人に言わせればこんな山中で屈強さも持ち合わせていない子供が一人で歩いていれば格好の餌食であるのだが、近藤は心底胸を痛めたようだった。聞き及んではいたようだが目にしたのは初めてだったらしい。このままでは死んでしまう、困っている人を見殺しにするわけにはいかない、などと言葉を並べて傍らに立つ土方に同意を求めた。対して渋い顔をしながらもどうせ反対したところで聞かないだろと溜息をつく土方に山南も二人がそういうのなら仕方ないと諦めたようだった。

「ここで芹沢さんに拾われたことが幸運だったのか、不運だったのかは微妙なところですけどね」
「白鳥君?何か仰ったか?」
「いえ、何も」

涼しい顔をして歩き出す。余計な荷物を抱えることになってしまいいつにも増して疲れた表情をしている平間に、到着したら早く休ませてやろうと思った。
目的地はもうすぐそこに迫っていた。









行き倒れていた自分をかなり乱暴きまわりない言動だったものの、食事を恵み拾ってくれたらしい芹沢さんに礼を言うという目的を達成するために泊まらせてもらったのだが、朝起きて周りの状況を見た井吹龍之介はあんたらも芹沢さんのこと言えないだろ、と嘆息した。昨夜は結局夜に帰ってきた芹沢の機嫌がすこぶる悪そうなので近づかない方がよいだろうと礼をいうのは延期にした。ここに来てまあ割と(少なくとも沖田よりは)友好的だった平助、原田、永倉の三人が部屋に押しかけて酒盛りを始めたのだ。人が早く休みたいというのに中々帰らないと思ったら結局こっちで寝てるのかよ、と思いつつまた起きたら絡まれかねないと早々に起き上がって井戸に顔を洗いにでもいこうと立ち上がったところで、先に障子が開いた。

「ああ、どこにもいないと思ったらこんなところで酒かっくらって雑魚寝してたのかこの三馬鹿は」

そこにいたのはやたら細い男だった。背丈も自分より低い。見た目からして自分と大して歳は変わらないだろう。しかも女と見紛うような中性的な顔立ちをしている。これで小袖でも着て髪を結えば町娘と言われても全く違和感がない。それでもそいつを男だと認識したのは服装と腰に下がっている二本差しの刀だった。武士の装束。この優男も浪士組とかいう連中の一員なのだろう。床でぐうぐうと幸せそうに寝ている三人を一瞥すると今度は龍之介に目線を向けた。

「気がついたか。良かったな死ななくて」
「……別に頼んじゃいない」
「おかしいな、芹沢さんはお前が生きたいと言った上に無謀にも殴りかかってきたと言っていた気がするが」

非常に腹立たしい男である。これ以上問答しても意味がないと判断して、そいつの脇を抜けると芹沢さんが宿泊しているという前川邸へと歩き出した。

「……どうしてお前もついて来るんだよ」
「芹沢さんに礼を述べにいくんだろ?俺も寝泊りは前川邸だから」
「あっそ」
「そういえばまだお前の名前聞いてなかったな、俺の名前は白鳥雅人」
「……井吹龍之介」

男にしてはやや高く、しかし女というには低い声で唐突に自己紹介する白鳥に大人しく自分も名乗った。武士というのは皆一応にして相手の名前を知り、そして名乗ることが好きらしい。昨日主に原田に殴られたりと痛い目に遭ったので大人しく名乗った。井吹こっちだ、と早速人を呼び捨てするそいつにもう指摘するのも面倒だと諦めると彼が指した方向へついていった。

「おや、雅人さんに貴方は確か先日の……こちらに何か御用ですか?」

到着した建物の前で箒片手に掃除していた男が龍之介達の存在に気づいて顔を上げた。芹沢さんに礼を言いに来たんだってさ、と白鳥が言ってそれならご案内しますと箒を傍に立てかけた。人の良さそうなおっさんである、どこかの誰かと違って。すると当然そのまま一緒に来ると思っていた白鳥が中に入って別の方向へと向かうので声をかけた。

「あれ、お前こないのか?」
「誰が好き好んであの人のところに必要以上に行くと思うか。それとも付き添いは一人でも多い方がいいか?」
「んなわけないだろ、必要ない!」
「それだけ元気なら十分、精々頑張ってこい」

どうして礼を言うのに頑張る必要があるのか、疑問に思いながら平間に案内され芹沢さんがいる部屋に向かう。途中「あいつって芹沢さんのことが嫌いなのか?」と問えば「いえ、雅人さんは芹沢さんが浪士組で最も信頼を置いているといっても過言ではありません。昔からの深い仲ですから」と言った。どういうことなのかさっぱりわからん。まあどうせ今日にもここを出て行く身だからそんなこと気にしても意味はないか、と思っていた龍之介は間もなく白鳥が頑張れと言っていた意味を理解することになる。









芹沢さんとの一連のやりとりを説明してやれば、そりゃひでえなと平助、原田、永倉は揃って苦い顔をした。しかし昨夜のこともあるが芹沢の横暴さはいつものことらしい。あまり学があるとは言えない龍之介にもわかるところに属していたとか。そこで先程のことを思い出し聞いてみることにした。

「じゃあさ、白鳥ってのもそこに所属してたのか?」
「白鳥君?いや歳的に考えてありえないでしょ」
「でも平間さんが、一番芹沢さんが信頼を置いてるって」
「俺達もそこは謎なんだよなー」
「あいつとっつきやすいけど何も言わねーんだよ」

不仲全開の芹沢さんと違って白鳥の方はそれなりに仲良くやっているらしい。ますます訳がわからなくなってきた。

「でも本当にあいつ女みたいな顔してるよな」
「剣術は恐ろしく強いけどな」
「新八っつあんと互角だったんだろ?そんな女いないって!」
「今度聞いてみるか……」
「んなこと聞いたらなます切りにされっぞ」











「こんな夜更けも素振りとは随分と熱心だな」
「そのうち誰かさんを切らなきゃいけない事態になるかもしれないからねえ」

少しは殺気を隠す努力くらいしたらどうだと白鳥は内心嘆息した。沖田総司という男はまるで大きな子供のようだ。剣術だけは誰もが天才と言わしめる才能を持って尚且つ努力がそれを補強していることは誰もが認める、もし近藤に危害を加える輩がいれば誰だろうと切り捨てるだろう。しかし理性が足りない。

「さっき山南さんに言われたよ、君は勿論だけど井吹って奴のことも警戒しろってさ」
「……そういうのは本人には言わないものじゃないのか?」
「逆上してくれたら手っ取り早くていいかなーって」
「阿呆か」
「……僕は忘れていないよ、近藤さんが受けた屈辱」

一瞬、空気が凍るほどの殺気が襲った。本気だ。闇夜に猫のように光る瞳がそう物語っていた。










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