∵ 独りになんてさせない

 
翌日の夕方、相変わらず課題が一向に進まない燐にこれ見よがしな溜息をつきつつ、用事があるからじゃあねとあっさり未来の雪男がいなくなった(単に昔の燐が珍しくて見にきただけだと判断したらしい)ことに安堵しつつ、雪男は昨晩はお世話になりましたと燐の課題を見てあげていた私に声をかけた。

「なんだ、雪男これから任務なのか?」
「うん、突然召集がかかって。帰るのは明け方近くになると思うからご飯は先に食べて寝ててよ」
「折角今夜は雪男の好物作ろうと思って準備しといたってのに」
「ごめんごめん、帰ったら食べるよ」
「じゃあ名前、今夜も食べてくか?」
「うん、雪男の分も食べつくしてやんよ」

そんな会話を繰り広げながら、きっちり祓魔師のコートを着込んでちゃんと課題は終わらすこと!と言い残すと雪男は鍵の束から一つを取り出すと鍵穴に差込み、繋がる先へと出て行った。

「さーて燐くんや、あと三ページ頑張りましょうね」
「名前お前雪男よりスパルタ……」
「黙らっしゃい、あともう何ヶ月かで祓魔師認定試験なのよ?周囲は皆心配してるってのに当の本人はこのマイペースさ……頭が痛くもなるわよ」
「だーかーら、俺は机に噛り付くんじゃなくて実践派なんだって」
「はいはいそれは耳にタコが出来るほど聞きました」

それから数時間して、ようやくノルマの課題が完了したと同時に俺飯の準備してくる!と先程まで死にそうになっていたのはどこへやら、勢いよく立ち上がりクロを伴って厨房へと向かっていった。
本当に食べることとご飯を作ることに関しては別のところから気力が溢れ出してくるらしい。
バタンとドアが閉まるのを確認すると懐から小瓶を取り出した。
これは悪魔に対して有効な睡眠薬だ。
一応悪魔薬学を一番得意にしているので前に調合しておいたもので、効力も前の実践任務にて実証済みである。
効果はとても強く、服用してから数時間はどれだけ揺り動かしても耳元で叫んでも起きることはないが効果が切れれば特に身体に害が残ることもない。
割とポピュラーな悪魔薬学の本に載っていて、主な用途は使い魔を強制的に休ませる場合に使われていて寝起きもすっきり疲れが残らないらしい。

「おーい、名前準備出来たぞ」

少しして燐に呼ばれてダイニングへと向かう。
最初に彼の料理を食べたときの衝撃は今でも忘れない、人は見た目によらないとはよく言ったものだと痛感した覚えがある。
今夜も並べられた色とりどりの食事に感嘆の声を漏らした。

「もし祓魔師の試験落ちてもこれなら正十字騎士団の料理番として雇ってもらえるんじゃない?」
「落ちた時点で処刑されるっつーの」

そんな冗談を言い合いながら互いに完食して、私が持ち込んだクッキーへと手を伸ばす。
このクッキーには先程の悪魔限定の睡眠薬を仕込んでおいた、この薬は人間には効果無しで害もないので怪しまれないように普通に自分も口に入れて咀嚼する。
しばらくすると燐が眠そうにうつらうつらしてきた、効果が出てきたようだ。

「眠いの?」
「おう、さっきまではこんなに眠くは……」

そこまで言ったところでコテン、と机に突っ伏した。
見ればすーすーと寝息を立てていて、試しに尻尾を少し力を入れて掴むが起きる様子はない。
足元でニャアニャアと鳴いているクロに話しかけるようにしゃがんだ。

「これからここに燐を狙った悪い奴等が来るの。だから燐を私の部屋に避難させるね」

ちゃんと言葉は通じているようで燐を抱えて寮から出て(かなり骨の折れる作業だ)、辺りに人がいないことを確認するとクロに大きくなってもらい女子寮の私の部屋の窓の下まで運んでもらう。
あらかじめ鍵を開けておいた窓を開けると燐の身体を中に入れて、再び小さなサイズになったクロが中に入ると窓を閉めた。
燐を自分のベッドに寝かせると予想以上の重労働にハァと息をついた。
取り敢えずこれで当初の私の仕事は完了だ。
こうすることによって燐が殺されるという最悪の未来はおそらく回避された。
あとは未来の雪男が燐を襲撃に来た連中を返り討ちにするだけ。
私に出る幕はなし。
わかってる、わかっているんだけど。

「全く、こっちの気も知らないで幸せそうに熟睡して」

すきやき〜などと寝言で呟く燐に苦笑し、彼を寝かせた自分のベッドの脇に座る。
雪男は唯一の肉親を殺されたからではなく、奥村燐という人間を守るために十年という時間すらも飛び越えてきたのだ。
いくら大事な兄だからといって亡くなった八年後に真相を聞かされても、普通だったらそんなことをしようだなんて思わない。
燐の人間性が優しさが雪男を救っていたんだとおもう、雪男にとってかけがえのない存在で。
私だって守りたい。
十年後の自分がそこまで雪男に力を貸したのかわかった、私達の中心にはいつも燐がいたのだ。
ベッドサイドから立ち上がると不思議そうに見ているクロの頭を優しく撫でた。

「これから私も燐を守りにいく、だからクロはここをお願いね」

そう言うと再び窓から真っ暗な外へと飛び出した。
そして駆け出す、目指すは旧男子寮。

「私も戦うから」

あらかじめあの旧男子寮には仕掛けを施した。
足手まといなんて言わせてやるものか。
僅かに照明が見えるその建物はすぐそこだ。



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