∵ 何も知らない彼

 
ちょうどいい頃合いだからと雪男と二人六○二号室に戻ったのだが、名前はどこかよそよそしい感じがした。
しかし多分未来雪男に現在雪男(面倒だからこう分けて呼ぶことにした)が名前に好意を持っていると告げられて、照れているんだろうと燐は一人で納得してうんうんと頷いた。
これで二人の仲も良いものになっていくだろう。
聞きそびれていたがどうやら未来雪男はこの時代で用事があってやってきたということで、今夜泊まらせてくれないかなと言ったのを二つ返事で了承した。
現在雪男はやはり警戒しているらしく難色を示したが、名前もいいんじゃないかと提言したので渋々許可した。
「名前さんも許可したんだからちゃんと責任持ってよね」だの言われ、何故か一緒に泊まることになる。
勿論名前も未来雪男も双子とは別の部屋だが、四人一緒とかどんだけシュール以前に絶対寝れないぞ。

「名前、ちょっと!」
「燐?どうしたの」

お風呂は燐に電話で呼び出される前に済ませていて、明日は休日だから普通に何食わぬ顔で寮に戻ればいいか(正十字学園の寮は意外と緩いので就寝時も起床時もチェックされることはない)と気楽に構えて程よい時間に携帯のアラームを設定し、お手洗いを済ませて宛がわれた部屋に戻ろうとしたとろで燐に呼び止められた。
燐はキョロキョロと周りを見渡すと「雪男はいないな……」と安堵の息を吐いて口を開く。

「雪男から話は聞いてるか?」
「………話って?」

まさか十年後の雪男が燐にお前は明日殺されるから助けに来たとでも言ったのかと一瞬思って、不自然に間を空けてしまった。
よく考えれば雪男がそんなことを言うはずもないので何のことか分からず言葉を返す。

「ほら、アレだって……アレ!」
「あれあれ言われても分からないって」
「雪男の奴本当に言ってないのか?」
「話は色々したけど具体的にどれか言ってもらわないとわかりません」
「……う、確かにまあそうだけどよ」

燐はどこか口にするのを躊躇っているようだったが、少し思案すると意を決したように話した。

「雪男とお前が両想いって話だよ馬鹿!」
「な、なんで燐がそんなこと知ってんのよ!」
「アダッ!」

思わず頭をスカーンと殴ってしまった。
こっちはシリアスな話を聞かされたばかりだというのに何を言い出すんだ、というか現在の雪男に聞かれたらどうするんだ。
一応近くに本人がいないことを確かめてはいたようだが、この旧男子寮には現在人が計四人しかおらず、おまけに今喋っている場所は廊下で反響して別の場所まで会話が聞こえてしまう可能性は大いにあるのだ。
結構強い力で殴ってしまったらしく、頭を擦りながら若干涙目で燐が怒鳴った。

「おま、ただでさえ少ない俺の脳細胞が死滅したらどうしてくれんだよ!」
「あ、そこ自分で言っちゃうんだ」

平時から(弟を筆頭に)馬鹿馬鹿言われている上に自分でもしっかり自覚しているのに、その上で何故改善が見られないのだろう。
それに悪魔の超回復力なら脳細胞もすぐに元に戻るだろう……最初の数が少ないかもしれないが。

「兄さん、なに騒いでるの?」
「げ、雪男!」

階段の方から雪男の呆れたような声が聞こえた。
やはり燐の怒鳴り声は聞こえたらしく上の階からの声だが、わざわざこちらにまで来るつもりはないらしい。
毎日高等部の授業に祓魔塾の準備、更に任務までこなしていて今夜は十年後の自分を名乗る(というか本物)まで現れて早く寝てしまいたいというのが本音なのだろう。
それでも警戒心は怠らず、未来の雪男にはしっかりクロをはりつかせているし(既にクロが懐柔されていることを言葉が通じない雪男は知る由もない)双子が寝泊りする部屋の下に私が泊まり、更にその下に未来雪男を泊めてワンクッション入れているあたり、信頼されていることを喜ぶべきなのか、盾にされているのかと嘆くべきなのか。
「寝るから兄さんも早くしてよ」と言うとドアを開けて中に入っていったらしい雪男にホッと胸を撫で下ろすと、今度はワントーン声を落とした。

「あのなあ、雪男の方はともかくお前があいつを好きなのはバレバレ。多分雪男本人以外皆知ってんぞ」
「マジすか……」
「おう、諦めろ。それにこれは兄貴としての勘だったんだが雪男もお前が好きだ」
「………それは聞いた」
「だろ?」
「ハイ」

語尾が消え入りそうな声で言えば、燐は満足そうに頷いた。
ていうかずっと燐に気づかれていたのか絶対鈍感の極みみたいな人だと思っていたのに!、と思うと顔から火が出そうだ。

「聞いたなら話は早い、出来るだけ早く告白しろ」
「こ、告白なんてそんなこと出来るわけないじゃない!」
「お前等両想いじゃん、絶対成功する告白をなんでしないかなー」
「恥ずかしいからに決まってるでしょうが!」

告白なんてそんなこと出来るわけがない、大体こっちはついさっきまで雪男はしえみのことが好きだと思っていたのだ、突然そんなこといわれて気持ちの整理だって出来てないというのに。
「とにかく素直になれよ!絶対大丈夫だって」と言うといい加減雪男が煩いということで燐は双子共用の自室へと戻っていった。
その後姿を見つめながらはたりと思い出してしまった。

(そうだ、明日燐が狙われる……だから十年後の雪男はこの時代にやってきた)

結局雪男にとって世界で一番大切なのは兄である燐なのだ。
別にそれに対してやきもちを焼くとか嫌な気分になるとかいった感情はなく(それ以前に自分は雪男の恋人でもなんでもない)、未来の雪男曰く気持ちが通じ合った自分もそれをわかっていて協力を惜しまなかった。
少なくともタイムマシンなんていう代物を作ってしまうくらいに。

「何考えてるんだか、私は」

羨ましいと思ってしまった、燐に対して。
思えばそれは当然なわけで、私が彼らと出会う前の十五年以上もの時を二人は過ごしているのだ。
今年の春に初めて会ったばかりの私がそんな間に入り込めるわけがない。
だからこそ燐を失ってしまった雪男の痛みが、苦しみ辛さ、無念さが痛いほどよく分かった。
明日の夜現在の雪男は任務が入って不在になる、それを狙って燐を疎ましく思う連中が襲撃してくる。
私が頼まれたことは一つだけ、燐を保護すること。





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