∵ 未来からの来客

 
受話器越しの燐の声はパニックに陥っていた。

≪ゆ、雪男がでっかくなった!≫
「はあ?」

何を突然言い出すんだ。
最初また勉強中に寝落ちして、起きたばかりで寝惚けているのかとも思ったが声色が違う。
塾の授業中とかに居眠りして、雪男を筆頭とした講師に起こされたときはもっとこうボケーとしているというか声に抑揚があまりない。
今はというと上擦っていて、かなり慌てているようだ。

「燐落ち着いて、はい深呼吸」
≪お、おう……すーはー、じゃなくて雪男がでかくなったんだって!≫
「それじゃあ意味がわからないから」

でかくなったと言われてもそれだけの説明では全く予想がつかない。
燐に分かりやすい説明を求めるということがまず無理難題ではあるが。

≪じゃあ今から来てくれよ!見たら俺がどんだけ驚いてるかわかるから≫
「はいはい、簡単に言ってくれちゃって」

雪男と二人でしか暮らしていない旧男子寮と違い、こっちは相部屋の子はいない(任務が入った場合を考えて)が女子寮の門限の時間はとうに過ぎているのだ。
更にはまだ祓魔師という身分でもないので持っている鍵も塾に続くものしかなく、双子が住む男子寮に行くには普通に外を歩いていくしか方法がない。
当然ながらこんな時間に外泊許可が出るはずもないので、窓に手をかける。
幸いここは一階なので飛び降りるなんてことにはならないが、外に人(祓魔師云々を知らない教師)がいないか細心の注意を払って窓枠に足をかける。
えいっと飛び越えて再び窓を閉めると双子の住む旧男子寮へと駆け出した。
それにしても雪男が当然大きくなったとはどういうことなのだろう。
最初に思いあたったのはあのピエロのようななりをした理事長による仕業だ。
種も仕掛けもない手品で雪男になにかしたのだろうか。

「燐、入るよー?」

そんなうちに旧男子寮に到着し、中に入る。
何度か訪問してはいるがやっぱり自分が寝泊まりしている新館と比べてボロいなあなんて思いながら、双子が再び使っている六○二号室のドアをノックし開ける。
そして中にいる、燐と一緒にいる人物の姿を見た瞬間名前の動きが止まった。
そこには見知らぬ人間がいたのだ。

「……どちら様?」
「嫌だな、名前さん僕のこと忘れた?」
「雪男だよ、雪男!」

そこにいたのは祓魔師のコートを着た、長身の青年だった。
あれどこかで見たような気もするけどこの人だれだっけと思い首を傾げれば、フレンドリーに挨拶される。
えええ、知り合いなら今の反応は失礼だったよなと思っていると燐が声を上げた。
確かに言われてみれば青年は物凄く雪男に似ている、身長が彼より更に高く端整な顔つきはより深みを増したような、黒子もあるしかし眼鏡はかけていない。
年の離れたよく似た兄、もしくは大人になった雪男と言われれば納得がいく。
雪男がでっかくなったとはこういうことか。

「兄さんには説明したけど、改めて十年後から来た奥村雪男だよ」
「ほ、本当に?」
「そう、しかもタイムマシンは名前さんが作ってくれたんだ」
「へー、名前スゲーな!」

今の雪男よりもやや穏やかさがプラスされた微笑みを浮かべた。

(……ん?)

ほんの少し、ごく僅かだが感じた違和感。
しかし次の瞬間にはその違和感はなくなっていた。
気のせいだろうか。

「その未来から来たっていう話が本当だとして、どうして過去にきたの?」
「そーいやそうだよな」

気を取り直してひとまず違和感のことは片隅に置いておき雪男に質問する。
よく漫画や小説だとかでタイムトラベルものは目にするが、第一十年後にそんな技術が確立されていてしかも私がタイムマシンを完成させたなんてにわかに考え難い。
そして未来の人間が過去に行くということはなにかしら過去に干渉するということであって、それほどの事態が起こるというのか。

「やっぱり名前さんは聡いね」
「どういうこと?」
「兄さんただいま、留守電に意味不明なのが入ってたけど一体……」

ガチャリと音がして雪男(十五歳)が部屋のドアを開けた。
そして名前同様部屋に入ろうとして、雪男(二十五歳)の存在に気づき雪男(十五歳)は瞠目した。

「貴方は誰ですか」
「留守電で言ってた通りだって、未来のお前」
「兄さん、寝言は寝てるときに言いなよ」
「寝言じゃねえっつーの!」

雪男が成長した己の姿を見る目にははっきりと敵意というか、怪しいと思っていることが表れていた。
無理はないかもしれない、突然自分は未来人ですなんて言われても普通は信じない。
本人に説明されただけで簡単に信じてしまうのは多分燐くらいなもので、名前自身まだ半信半疑だ。
しかしそれにしても雪男が未来の自分を見る目は険しい。
まるで敵を見るような……とまで観察していたところで名前は未来の雪男から先程感じた違和感の正体に思い至った。

(いやまさか、そんな……嘘)

ほんの一瞬だが確かにあのときの感覚は―――。
けれども同時に感じていた、彼は正真正銘奥村雪男その人であることも。
だからこそ信じられなかった。

「ねえ燐、雪男今帰ったばかりだから夜食用意してあげたら?準備してたんでしょう」
「あ、そういや作ったのそのままにしちまってた」

どうやら雪男の夜食を準備していたときに突然大きくなった雪男が現れて、驚きのあまり放置してしまっていたらしい。
いつもは夜食として食べない場合にも翌朝食べられるように、ラップで包んでおくのだが。

「二人で厨房行ってきなよ!私は未来の雪男から話聞いておくから」
「何言ってるんですか、こんな怪しい奴と貴女を二人きりになんて」
「そうだな、頼むぜ!雪男厨房行くぞ」
「ちょっと、兄さん!?」

雪男は燐に引きずられるようにして部屋から出ていった。
騒がしかった室内が一転、静寂に包まれる。

「僕と二人きりになって聞きたいことがあるんでしょう?」

予想がついているのか、未来の雪男はどこか余裕だ。
ゴクリと唾を飲み込むとどうか思い過ごしでありますように、と思いながら名前は口を開いた。

「もし違っていた場合、失礼は承知で聞きます……雪男、貴方悪魔じゃないよね?」



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