前兆




「貴女が自らここを訪れるなんて珍しいですね」
「刀が刃こぼれしたから仕方なく、新しいの頂戴」
「あのですね、刀というものはそんなに使い捨てするものではないんですよ」
「そりゃ悪魔の体液やらいろいろ被ってるんだから適当な刀なら一回で腐蝕するの」

正十字学園理事長室。
来賓用のソファにドカッと座り、ボロボロな上に汚い日本刀を取り出し遠慮など微塵もすることなく机の上に置いた。
それを見て部屋の主であるメフィストは机が汚れると顔をしかめる。

「それよりも、フェレス卿貴方が早く雪男君に上級悪魔の血を送ってくれなかったから燐に怯えられちゃったじゃない」
「取り寄せはそれなりに骨の折れる仕事なんですから無茶言わないでください。それに大方貴女が彼を襲おうとでもしたのが原因ではないですか」
「目の前に自分の好物が置いてあったら、手をつけない馬鹿はいないでしょ」
「そりゃそうですが」
「そこは突っ込んでよ」
「生憎私はボケ担当と自負していますので」

それに男というものは綺麗に女性に血を吸われるなんて本望なんですよ、と宣うメフィストに思ってもないことをと鼻で笑う。
正十字学園の理事長ではあるがメフィストはれっきとした悪魔。
悪魔から見た吸血鬼はただの天敵だ。
すると不意にメフィストが口を開き切り出した。

「正十字騎士団中国支部で、昨日お抱えの吸血鬼が二人何者かに教われ亡くなったそうです」
「とんだ職務怠慢ね、ヴァンパイアハンターから私達を守ってくれる契約だった筈よ」
「ええそれは勿論です、しかし警備も全て完璧だったというのに侵入されてあっという間に殺害された。そんなことは人間にはおろか並大抵の者は不可能です」
「………純血の、高位の吸血鬼」

純血の中でも、更に力のある吸血鬼は稀に霧に変化するというとんでもない能力を持つものもいる。
だがこのご時世、純血種なんてかなり稀少だし理緒の知る範囲で霧になることが出来る者など一人しか知らない。

「彼がここに向かっているのなら、必ず貴女を殺しにくるでしょうネ」
「……貴方は奴にここの侵入をあっさり許すわけ?」
「勿論最善は尽くしますが、相手が純血種となると自信はありません」
「随分と正直ね、有り難くないことに」

それほど吸血鬼が厄介な存在だということだ。
さてどうしたものかと頭を悩ませていると、普段教師以外あまり人が訪れることのない理事長室のドアをノックする音が聞こえてくる。
それもノックにしてはコンコンという音ではなく、ペチペチといった音が当てはまる。
その人物がドアを開ける前に人より優れた嗅覚のせいもあってか誰か気づいた理緒は、尻尾にはそんな使い方もあるのかと妙に感心した。

「おいピエロ、入るぞー」
「おや今日は本当に珍しい人が来ますね」
「雪男の奴が"忙しいから代わりに兄さんフェレス卿のところにコレ持っていってよ"とか言って積み上げてきたんだよ」

確かに普通の人だったら一度に運べないだろう量の箱を積み上げて、燐はドアに引っ掛からないよう気をつけながら入室した。
箱のせいで視界が悪く前がイマイチ見えていなかったようだが、適当な場所を見つけてドカッと乱暴に置く。
それを見ていた理緒が一応頼まれ事だからそんなにしていいのかと思っていると、そこに来て漸く理緒の存在に気づいたらしい燐が僅かに目を見開いた。
そんな様子をメフィストは楽しげに見つめている。

「お、おま……何でここに」
「私は彼女の言わば雇い主ですからね」
「もう少し頼りがいのある雇い主だと良かったけどね」
「え、頼れる男ランキング常に上位の私だと思っていますが」

どの口が言うんだ、先程純血種相手に自信ないとか言っていたくせに。
ジト目で見るがメフィストはどこ吹く風、思わず溜息をつくと燐が何か言いたげにしている。

「どうしたの?」
「あ、あのよ…俺は別に昨日の事は気にしてねーから!」

無駄に力強く言うので面食らってしまう。

「俺は吸血鬼とかよくわかんねーけど、お前のこともっと知りたいって思ってる」
「じゃあさ、ちゃんと名前呼んで」
「え?」
「私の名前は理緒、お前なんて呼ばれると世の中の大抵の女の子は不愉快なの、いい?」
「おう、理緒……先輩?」
「いいよ、先輩なんてつけなくて。呼ばれ慣れてないし」
「理緒」

その様子を見ていたメフィストが青春ですねえ、なんて暢気なことを言っている。
一段落したところでなにやら理事長室の外から声が聞こえてきて、それがまた場をわきまえない大きな声で何事かと耳を澄ます。

「奥村くーん!どこですかあ……置いて行かないでくださいよ!」
「あ、理事長室の場所を聞かれて案内してる途中で置いてきちまった」
「……ちゃんと迎えに行ってあげようね」

廊下に様子を見に行く燐を見送ると、少しして祓魔師の服装をした雪男より少し上のだが若いイメージの、人が良さそうな青年が姿を現した。

「本日付けでアメリカ支部より赴任してきた笹木です、いやあ迷ってしまって奥村君に道案内を頼んだのですが如何せん彼足早い……」
「それはそれは」

まだ若いだろうに苦労しているのか端々に疲労しているような感じを受ける。
しかし燐がサタンの息子だということは周知の事実であるが、今でもこの日本支部ですら萎縮している教師がいるのにこの人全くそんな様子を見せない。
最早隠す気のない尻尾を見れば一発で分かる筈だが。
気にしない性格なのか、はたまた別の何かがあるのか。

「笹木先生はまだ経験も浅いので奥村先生の授業について、まずは暫くアシスタントでお願いします」
「アシスタントって、何かマジシャンみたいだな」

雪男より年上なのにそのアシスタント、改めて弟の凄さを実感している燐。
これ以上はここにいても特に何もないと感じると、理緒は燐に耳打ちした。

「燐、理事長室出よう……そろそろ課題取り組まないとまずい時間でしょう?」
「あ、やべ雪男がうるせーんだ」
「ということでフェレス卿、私達はこれで失礼します」

メフィストに声をかけると入口付近にいる笹木の横を通り、外に出る。
その時、微かな違和感に気づく。

(一瞬だけど、殺気……?)

まさかと思い振り返るが既に感覚はしない。
勘違いかとも思ったがそれは確かに殺気だった。







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