馳走




「あー、お腹すいた」

あっという間に祓魔師達が手こずっていた悪魔を退治した理緒は張り詰めた空気の中のんびりとした口調で言った。

「腹減ってるのか?」
「うーん、普通の空腹もあるんだけどそうじゃなくて」
「……?」
「まあいいや、そうそうお腹すいた」

自分達の食事を理解していない燐が首を傾げるので説明しようかとも思ったがやめた、あまり彼が聞いて気持ちの良い話では無いのだから。

「それなら今夜は僕達が住んでいる男子寮に泊まってはいかがですか?兄が自慢の料理を奮いますし」
「おう、料理なら任せろ!」
「唯一兄の生産的な特技なんですけどね」
「雪男、てめっ!」

前も同じようなことを言われたような気がしながら雪男を睨むが素知らぬ顔。

「それから、例の方は明日朝一番にフェレス卿から届く手筈になっていますので」
「ホント?じゃあお邪魔するよ、それ以上は我慢の限界」
「何の話だ?」
「兄さんにはまだ秘密。もっと祓魔師として成長したら教えるよ」
「なんだそりゃ」

怪訝に思いながらも後片付けは他の祓魔師に任せて、三人は元来た道を戻り燐と雪男が二人で暮らす男子寮に到着した。
二人で暮らすには大きすぎるそれに、心配性なのか過保護なのかと呟きながら理緒は二人に続いて中に入る。

「ここ滅茶苦茶部屋とかたくさんあるけど、他の部屋の掃除とかしてるの?放置とか?」
「掃除専門の使い魔にお願いしているんですよ、この男子寮は塾の合宿にも利用しますし他にも家事をやってくれる使い魔はあちこちにいるんです」
「へー、便利」
「ここは一般の悪魔とは無関係な生徒はいませんからね、心置き無く出来ますよ」
「ちなみにウコバクは俺と料理担当だ!」

成る程いつの間にか張り切ってエプロンに着替えている燐の隣に小さな使い魔がいる。
「ご飯、楽しみにしてるね」と手を振れば二人揃って嬉しそうだ。
雪男の仕事についてくる前から下拵えは済ませていたのか、手際よく食材を調理しいくらも時間が経たないうちにテーブルに色とりどりのおかずが並べられていく。
テレビ番組で見るプロねようなその出来映えに目を丸くしていると、最後に燐がホカホカに炊けた白米と味噌汁を置いた。

「す、すごい……」
「だろ?」

素直に頷くと燐はより一層嬉しそうに胸を張る。
人は見かけによらない、ガサツだとか乱暴だとか周りから思われがちな燐だったが目の前に並べられていた光景がそれを如実に表していた。

「それじゃ、頂きます」
「おう、食った食った」

手を合わせて食事前の挨拶をきちんと済ませ、まず大根の煮物を一欠片取り、口に運んだ。
その丁度よい汁の染み込み具合、更にだししっかり取っていて尚且つ味付けもいい。
こんな美味しい日本食は初めてだと純粋に感心してしまった。
それに対して燐も自分の料理を誉めてくれたことに喜んでいる。
完全に蚊帳の外にされてしまったような気がしたが、雪男はそんな様子につい顔を緩めたのだった。









「なんか洋服まで借りちゃってごめんね」
「いえ、僕等が言い出したことですから」

弟だが雪男の方が身長が高いため必然的に燐の服を寝着として貸すことになり、燐は少しいたたまれない気持ちになった。
理緒の身長は女子としては割と高い方だが細身なため、シチュエーション的には所謂彼女が彼氏の洋服を借りたみたいだ。
思春期真っ盛りな身分としては変な妄想を繰り広げてしまうもので、ブンブンと頭を強く振って邪念を消し去ろうとする。
勿論風呂も男子寮で入ったせいでなんとなくシャンプーのいい香りもしていた。
わざわざ遠くに泊まる必要性も無いので双子が寝る部屋の隣のドアの前で、こちらを見て小さく手を振り姿を消す。
その後も壁一枚を隔てた向こうにいるのかと思うとドギマギしてしまったが、いつの間にか眠りに落ちていた。




「………ん」

ガサリ、と音が僅かにする。
半分夢現なまま燐は雪男がトイレにでも起きたのだろうかと思った。
その時自分が眠っている布団に誰かが入り込んでくるような感触がして、意識は完全に覚醒した。

「な………」
「貴女は一体何をしているんですか」
「ごめん、雪男君つい」

雪男の呆れたような声が聞こえてくると同時にパチッと音がして二人の部屋の電気がつく。
初めはその明るさに目を細めたが、隣でまるで覆い被さらんとしている存在に目を見開いた。

「お、お前……」

燐の寝着を見に纏い、夜這いのような行動に出ている理緒に驚くと共に、次第に赤くなってゆく。

「明日の朝まで我慢しようと思ったんだけど、やっぱり限界で雪男君に事情を言ってなんとかしてもらおうと思って来たんだけど……あまりにも美味しそうな匂いがしたから」

美味しそうな匂い、それが何を表しているかすぐにわかった。
―――吸血鬼は悪魔の血を好む。
先日雪男が言っていた言葉が頭の中をリピートする。
ああそうか、自分は彼女にとっては餌に近い存在なのか。

「……わかりました、なんとかしますから少しだけ待っていてください」
「はーい」

自分でも悪いことをしたと思っていたのか良い子の返事をした後、理緒は燐にごめんねと謝罪して部屋を出ていった。
結局雪男が授業用に取っておいた下級悪魔の血を抜き取り、理緒に与えたらしい(と雪男は言っていた)
本人達曰くその悪魔のレベルが高くなればなるほど血の味も美味しくなるという。
つまり、自分の身体を流れる忌まわしきサタンの血が彼女を呼び寄せてしまったのだ。


今思い出せばそれは間違いなく捕食者の瞳だった。








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