初見





「黒澤理緒って言ったら、二年で有名な別嬪さんやないですか」

翌日、同じ祓魔塾のクラスメイトも吸血鬼と祓魔師の関係を知っているのか疑問に思った燐は取り敢えず三人でいた勝呂、志摩、子猫丸に声をかけた。
寺出身の三人には吸血鬼という存在自体伝説のものだと認識していたらしく、もしかしたら昨夜雪男に教えてもらったことは騎士団の企業秘密というやつだったのではないかと心配になる。
その時同時に出した黒澤理緒という名前に反応を示しましたのは女好きが周知の事実となっている志摩だった。

「知ってるのか?」
「知ってるも何も、この学園で彼女を知らない男なんて男の風上にも置けまへんで」
「子猫丸知っとるか?」
「いえ僕も……」
「だからこのシャイボーイ達は!」

不思議そうに顔を見合わせる勝呂と子猫丸に志摩は嘆いた。

「そんで、その黒澤って奴が吸血鬼だってのか?」
「い、いや……雪男はそうだって」

おいそれと口に出した自分の軽さに少し後悔した。
後で雪男に睨まれるかもしれない。

「成る程あの美貌吸血鬼なら納得したわ、俺もお近づきになろうと頑張ったんやけど中々会えなかったんですわ」
「お前はそこら辺の女子皆のケツ追い回しとるやろ」
「坊、それ偏見や!俺はカワイイ子のケツしか追い回しとりません」
「志摩さんそれ殆んど変わりませんよ……」
「吸血鬼なら、少し聞いたことがあるわよ」
「マジでか!」

いい加減三人で漫才気味てきたところで、後ろの席から騒がしいやり取りを迷惑そうに眺めていた出雲が口を開いた。
突然の助け船にガタッと音を立てて立ち上がる。
隣でしえみが「燐、お行儀が悪いよ」と言っているがそんなのは頭に入ってなど来なかった。

「吸血鬼が祓魔師と協力して悪魔を祓う時は、銃に予め自分の血液を凝固させた弾を用意して使う場合もあるけど、ポピュラーなのは刀に血を伝わらせて直接悪魔を切るって方法らしいわ」
「だから刀を持ってたのか……」
「最近では攻撃的な悪魔は人によっては祓魔師が処理せず任せきりということもあるようね」
「なんやそれ、完全に利用しとるだけなんとちゃいます?」

昨夜の自分と同じことを思ったのか志摩が顔をしかめる、厳密には彼の場合は美少女だからだが。

「それだけ武闘派の祓魔師の数が少なく、貴重だということよ」
「ていうか神木さん、なんでそないに知ってはるん?」
「この前先生が立ち話していたのを立ち聞きした」

全く悪びれるように立ち聞きしたと言ってのける出雲に絶句。
ちょうどそこで教師が入ってきて授業が始まったのでこの話題は一先ず終わりになった。
だが悪魔や祓魔師の歴史を説明している間も、燐は先程の話や昨晩の話を思い出し授業の内容など右から左の耳へと素通りしてしまっていたのだった。








「兄さん、これから任務行くからついてきて」

いつもは任務についていかせろと言っても全くいい顔をしない雪男からの誘いに燐は目を瞬かせた。

「え、どういう風の吹き回し?」

自分から誘ってくるなんて。

「何かの前触れか……?」
「それ前に僕が勉強に意欲を出し始めた兄さんに言ったのだよね……理緒さんが連れてきてって言うから仕方なくだよ」
「え、アイツもいるのか!?」
「年上なんだから、アイツとか言わない」
「ハイ……」

足元ではクロが「俺も連れてけー」とズボンに爪を立てる。
結局肩に乗せて雪男に着いていくと、聖十字学園町の敷地外に出る付近に腕を組み壁に寄りかかって立つ姿が目に入る。
その人物は雪男と燐を確認すると挨拶がてら小さく手を上げた。

「や、燐君だっけ。久しぶり」
「気持ち悪ぃから呼び捨てがいい」
「……だそうです」
「じゃあ燐、雪男君から私のことは聞いたみたいね」

無言で頷く燐に、歩き出しながら続ける。

「お互い中途半端は大変よね」
「!雪男、言ったのか?」
「僕はそんなに口は軽くない」
「見りゃ分かるよ」

事も無げに理緒は言った。
魔眼には魅惑の力があるだけではない、あらゆる生き物を見透す能力も兼ね備えている。
降魔剣で封じられている今も理緒の目には、燐の青い炎がはっきりと見えていた。
祓魔塾や騎士団の祓魔師しか知らされてない内容だが、第一尻尾ぶら下げてたら分かる人には分かる。

「実際私達の……特にヴァンピールの在り方には賛否両論、同族には裏切り者呼ばわりされることもある。でも、こうすることでしか生きられない場合もあるのよ」

まあこの学園からは祓魔師の許可が無ければ出られないけど、ここすごく便利だから特に不満も無いしねと笑う。

「今日無理言って来てもらったのは、未来の聖騎士様に私の使い方を見てもらおうと思いまして」
「兄さんが聖騎士になれる頃にはおじいさんかもしれませんけどね」
「雪男!」
「夢が大きいのはいいことじゃない」

やがて現場に辿り着き雪男が免許を見せて悪魔が暴れているという場所に向かう。

「お待たせしました奥村です、状況は」
「下級の祓魔師が召喚した屍系悪魔なんですが、その祓魔師が自分で召喚したというのに怖じ気づいてしまったようで……紙を破くよう言ったのですが風に飛ばされたとかで」

どんだけドジな祓魔師だよ、と三人共内心突っ込んだ。
それで祓魔師を名乗れるなら敷居もかなり低いのではないかと思えてくる。

「致死節は解明されていない悪魔で詠唱騎士は使えません、聖薬系もあまり効果が見られないようでして……」
「残るは騎士か竜騎士しかないということですか」
「しかし迂濶に近付くとかなり厄介な魔障のようで、既に怪我人も出ています」
「ねえねえ、雪男君」
「わかってますよ、理緒さんにお任せするのが一番安全みたいですね」

雪男の許可が出ると理緒は燐の方を向き、これが吸血鬼の使い方だからよく見ておいてね、と軽くウィンクして悪魔の方に向かって歩き出す。

「おい、一人に任せていいのかよ」

以前雪男自身が祓魔師はチームプレーだと念押ししていた気がする。

「あの人には悪魔の攻撃など効かない。仮に怪我を負ってもすぐに治るんだよ、兄さんと同じで」

雪男の眼鏡の向こうにある瞳は冷静だった。

「吸血鬼にチームプレーなど存在しない」

今日は絶対に手を出さずに見ていろという雪男の言葉に従い渋々悪魔に駆けた理緒を見る。
かなり接近した場所まで来ると理緒は鞘から刀を抜く。
それは燐がもっている降魔剣と違い、何の変てつもないただの日本刀だった。

「あんなんで倒せんのかよ」
「武器の良し悪しは大した問題じゃないんだよ、まあ切れ味が良いに越したことはないんだけどね」

その白く長い指先が柄を握る。
そして人差し指だけを持ち手に近い刃の部分に当て、そこから刃を伝うように血が流れる。

「………!」

日光で煌めく刀身に流れる赤い血に、息を飲んだ。
その間にも理緒は一気に悪魔との間合いを詰めてその胴体を真一文字に切り裂いた。
そしてその瞬間、悪魔は切り口からまるで灰になるかのように白く崩れていく。
早い、あまりに一瞬の出来事だ。

「これが、吸血鬼の戦い方だ。吸血鬼の血を受けた悪魔は砂と成り果てる」

燐は何も言えずただその姿を食い入るように見つめるだけだった。






.

next prev top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -