邂逅




奥村燐にとって普通の学校の授業ほど退屈で苦痛であるものは無かった。
そもそも高校進学を考えていなかった――ましてや有名私立と名高い正十字学園の授業は当然勉強どころでなく格好の睡眠タイムと化している。
元の頭の造りが双子の弟である雪男と同じくらい、せめて半分くらいはあればもう少し楽しい学園ライフを送れたのだが残念ながら本人の性格も相まって高等部のクラスでは友人など出来る筈もなく、その日も自作の特製弁当片手にいつも一人で食事を摂っているお気に入りの木の下へと向かった。
先客の存在に気付いたのはかなり近づいてからだった。
いつもは誰もいないその場所に人影が見えて燐は「そこは俺の場所だ!」と内心悪態をつく。
睨みの一つでもきかせてやれば退いてくれるだろうか、いやココに来てからはそういう物騒なことはやらないと決めたのだ、と自問自答を繰り返しながら先客の姿が見えるところまで回り込む。

「………!」

そこにいたのは、正十字学園の制服に身を包んだ少女だった。
いや学園の敷地内なのだからいるとしたら生徒か教師しかいないのだが。
まず驚いたのは少女の異様なまでの白さだった。
色白と表現するにしては人間離れしているほどにその素肌は白い。
木に寄りかかって寝入っているようで若干スカートが捲れ上がりこれまた白い脚が露になる。
無意識に顔に熱が集まるのを感じて目を逸らす。
そこで目に入ったのは少女の手に握られた細長い袋、自分も同様のものを持っているから形状から何が入っているかは見当がついた。

―――刀だ。

「剣道部ってわけじゃねーよな」

第一剣道部員だからといって真剣は持ち歩かない。
基本的に世の中には銃刀法という法律が存在しているが、この学園の敷地内では雪男も銃を所持しているし祓魔師はそこら辺は突っ込まれないことになっているのだろう。
だとすれば目の前の少女は自分と同じ祓魔師、特に騎士を目指しているのかもしれない。
だがクラスでは見掛けたことなど当然なく、同期ではないつまり上級生ということになる。
ぶっちゃけ上級生、その中でも女子とは近所でも評判の悪餓鬼として通っていた燐は殆んど話したこともなく無意識に緊張してしまう。
しかしこのまま寝ている人間を凝視するのも悪い、というか目が覚めたら非常に気まずいので今日のところはこの場所でのランチを諦め移動しようと思ったところで、タイミングが良いのか悪いのか少女はゆっくりと瞼を押し上げた。
その睫毛がこれまた長いとつい見てしまっていると、その瞬間バッチリ目が合ってしまった。

「…………」

沈黙が流れる。

「………誰?」

たっぷり間を置いて少女の口から出てきたのは至極真っ当な疑問だった。

「お、俺は奥村燐」
「奥村……ああ、雪男君の」
「雪男の知り合いなのか?」
「知り合いっていうか、仕事でよくお世話になってるかな……あぁ私の名前は黒澤理緒」

立ったままでなんだか見下ろしているような気分になり座ろうとすると一足先に理緒の方が立ち上がり、少し短めなスカートについた草をパンパンと払い落とす。

「仕事って祓魔師のか?」
「私は祓魔師じゃないんだけどね、説明したら長いからそういうのは上手な雪男君に頼んでよ」

そこで理緒は燐の手にある弁当箱を見て、もしかしてここ君の場所だった?と申し訳なさそうに立ち去ろうとする。
何故だか分からない、殆んど無意識にその細く白い腕を掴んでしまった。

「どうかした?」
「い、いや……なんでもねえ」
「変なの」

フワリと笑う、それに思わず見とれてしまう。
今日の自分は明らかにおかしい何か病気にでもかかってしまったかのようだ。

「その、また会えるか?」

そう言えば少しだけ驚いた表情になる。

「君も祓魔師としての仕事をするようなことがあったら、また会えるよ」

それから背を向けて去っていってしまった。
あまり人気のない校庭は、不気味なくらい静かになる。
不思議な人だと思った。
結局名前意外歳も正体も何も聞き出せず仕舞いだ。
雪男に聞けば分かると言ったが、自分より先に弟が彼女のことを知っていることに訳の分からない苛立ちを感じた。






「兄さん、それは俗に言う一目惚れってやつじゃないの?」

その夜、祓魔塾では講師と生徒という立場上あまり個人的なことは聞けないので夕食を終えて、まるで宿題をしない息子を叱る母親のように「課題をしろ」と口煩く言ってくる雪男に仕方なく机についたところで昼間の出来事を思い出し聞いてみることにした。
馬鹿正直にその時の自分の心情まで主観的に話したところで、雪男が一言感想を述べる。

「ひ、一目惚れって俺が!?……確かに女見たら最初に胸に目が行くことは多いけどよ」

そういや理緒ってやつは大きさは並みだったななんて思い出していると、雪男はこれ見よがしに溜息をつく。

「まあ、理緒さんが綺麗だとは僕も思うけどそれは当たり前のことなんだよ」
「はあ?美人なのに当たり前とかあんのかよ」
「そりゃそうだ……あの人は、吸血鬼だから」

吸血鬼、洋名ヴァンパイア。
その存在は世間一般には架空の存在だと思われているが悪魔同様に古より主に西洋に存在していた。
血を啜り、ニンニクや日光を嫌う。

「でもアイツ、日光の下を普通に歩いてたぞ?」
「正確にはあの人はイギリスの吸血鬼と日本人の間に生まれたハーフ、所謂ヴァンピールという存在だよ」

日光に弱いというのは受け継がなかったんだ、と雪男は付け足した。

「吸血鬼は悪魔の血を好む、そして吸血鬼の血は悪魔を死に至らしめる……兄さん、間違っても彼女の血は飲むなよ」
「誰が飲むか!」

吸血鬼の能力は幾多もあり、その中には魅惑と呼ばれるものがある。
その名の通り人を魅了する力で、吸血鬼は揃いも揃って皆魅力的な容姿をしていて獲物を惑わす。
顕著な例が魔眼と呼ばれる文字通り吸血鬼が持つ目で、その瞳に囚われた者を意のままに操ることが出来るらしい。

「で、なんでその吸血鬼が祓魔師と協力してんだ?」
「まったく、その真剣さをもっと勉強に向けてくれよ……吸血鬼はヴァンパイアハンターによって多くが殺されていて今ではその数がすごく少なくなっているんだ。そこで彼らは正十字騎士団の配下に下ることで生き残る術を得た」

吸血鬼を有効に活用すれば悪魔に対して武器になりうるし、人間の死傷者もぐっと減る。

「……なんか、身代わりに利用してるみてーだな」
「そうだろうね、だけど彼らは誇りを棄ててでも種の存続を選んだのだから僕らにそれをどうこう言う資格はないんだよ」
「複雑だな」
「それが兄さんの頭でわかっただけでも十分だ」

相変わらず他人の見てない前で(見てる前でも)の弟の毒舌に幼い頃の可愛かった雪男はどこに行ってしまったんだと少し悲しくなりながら、燐は山積みの課題に頭が痛くなりながら仕方なく取りかかることにした。







.

next prev top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -