逢瀬


そこにはいる筈のない人間、否悪魔の登場に誰もが驚愕した。
一番早く驚きを疑問として口に出したのは燐だ。

「メフィスト、お前どうしてここに……!」
「何故、ですか。よく考えてもみなさい、そもそも君がここロシア支部地下に来るために使用した鍵は私が作ったものですよ。私自身が来るなんて朝飯前に決まっているでしょう」

それにしても薄暗いですね、アインス・ツヴァイ・ドライ☆と唱えたかと思えばフッと灯されていなかった明かりに光が灯り明るくなる。

「こりゃまた八候王のメフィスト・フェレス殿がわざわざ来てくれるとは、悪魔のお偉いさんは余裕があると見える」
「私もただ末弟を迎えに来ただけの暇人ではありませんからね、貴方にビジネスの提案に来たんですよ」
「ビジネスの提案だと?」
「ええ、単刀直入に言えば貴方に正十字騎士團に傅いていただきたい」

吸血鬼の目が驚きで見開かれた後、あからさまな嫌悪へと変わった。

「俺がお前達に傅くだと?吸血鬼が人間風情に傅くだと」

正気か、と言われてメフィストは正気ですよと笑った。

「かくゆう私も悪魔の中ではそれなりに上位でしてね、父上に正十字騎士團に傅いたと知れた時にはお灸を据えられたものです」

なんとなくそうとは思っていたが父上=サタン、つまり自分がサタンの息子だとあっさりばらしたメフィストに燐と理緒は顔を見合わせた。
そうしている間にメフィストは一人喋り続ける。

「何故私が正十字騎士團に傅いたか、その理由はまたの機会に致しましょう……ここで引き合いに出すのは黒澤理緒、彼女が今や受け継ぐ者はこの世に一人となった魔眼を受け継いでいたということです」
「……何故それを知っている」
「企業秘密です☆つまり血族を何より大事にする吸血鬼である貴方に、妹君は殺せなくなったということです。違いますか?」
「………」

沈黙は肯定を示す。
悔しげに唇を噛み締めた吸血鬼に対して燐は彼女が魔眼とやらの能力を使って、周りにいた奴等を灰に還した後も殺そうとしていたじゃないかと抗議しようとしたら、先読みしてメフィストが「露見する前に始末してしまおうと思ったのですよ」と言う。
つくづくこいつは人の心を透視出来るのではないかと思いつつ、それよりも実の妹に対して自分の都合の悪いことがあるからそれが知られる前に始末しようというのに腹が立った。

「てめーは、兄貴じゃねーのかよ!」

今更なことだがずっと燐がヒズミに言ってやりたかったことだ。
燐にとって雪男が幼少より守るべき存在であり、寧ろ雪男に銃を向けられるようなことはあっても弟に刃を向けることは有り得ない。
今では身長もウェイトも追い越して成績優秀、女子にもモテると羨ましい限りだが燐の中では未だにいじめられっ子の雪男のイメージがどうしてもつきまとう。
それでも燐にとっては今でも守るべき大事な弟。

「兄、か……お前は随分とおめでたい思考の持ち主なんだな」
「んだと?」
「兄弟ってのは最も身近な他人なんだよ、血が繋がっている分余計に質が悪い。俺は羨ましくて仕方なかった、俺には与えられなかった愛情を一身に受けて育つ妹が」

物心ついた時既に母の存在はなく、母に捨てられた父は自分が魔眼を継いでないとわかるや否や興味が無くなり挙げ句捨てた。
結局裏切り者の吸血鬼を殺すのは建前で、そいつが憎くて仕方なかったのだと笑う。
理緒の目が哀しげに細められた。

「なに馬鹿なこと言ってんだよ、だったらそう言えばいいじゃねーか。羨ましいなら羨ましいって」
「……はあ?」

そんな簡単に考えられても困るのだが、燐にしてみたら大真面目だ。

「そうやって難しく考えて勝手に溜め込んじまうから面倒になるんだよ」
「全く、何を言い出すかと思えば奥村君らしい随分と短絡的な発想ですね」

メフィストが驚きを通して呆れるほどですよ、と苦笑した。
皆が皆そんな簡単に割り切れるものではない、実際燐の弟雪男も素振りは見せないが何かしら複雑なものを抱えているのだろう。
考えなさすぎであるのも考えものだと思った。

「さて、話はこれくらいにしてどうやら貴方と話をしていても決裂は免れないようなので理緒さんにお聞きすることに致しましょう」
「わ、私……?」
「ええ、魔眼は言うなれば吸血鬼の頂点に就く証。貴女の意向が全ての吸血鬼の総意になります。悪魔で言えば青い炎みたいなものですね」

突然の言葉に理緒は目を白黒させた。
そもそも自分は純血ではなく半分人間の血も引いているヴァンピールなのだ。

「それで異存はないでしょう、アンダーブレード」
「……勝手にしろ」
「ええ勝手にします。では理緒さん、貴女は今後どうしますか?そして人間や悪魔との関係は如何様にあるべきと考えますか」
「関係のあり方……」

今現在理緒としては完全に人間、祓魔師の下に使われる存在となっている。
それは身を保障してもらうというのもあるが、敵の敵は味方理論からのもので人間からして悪魔の天敵である吸血鬼を利用しているにすぎない。
それを気にくわない吸血鬼の言い分もわからなくはない、下等な人間風情に使われるなどプライドが許さないのだ。

「それでも私は人間との共生を望む」
「正十字騎士團に傅くというのか」

ヒズミの声が低くなった。

「プライドが高いが故に私達は常にその数が減り続けている、私が頂点に立つとかいうなら尚更ヴァンパイアの未来を考えるとそうした方がいい。それに……」

理緒はおもむろに燐の手を掴むと驚く燐を真っ直ぐに見つめた。

「私は燐と一緒にいたい、悪魔でもありながら祓魔師として生きると決めた燐の傍に」
「青いですねえ、アンダーブレード今度こそ邪魔したら馬に蹴られますよ」
「あーはいはい、わかったよ兄貴の前で惚気なんて聞かせやがって。おい奥村燐といったか、俺はお前を認めたわけじゃねーからな。魔眼を持つ理緒が言うから仕方なくお前らは生かしてやるし、正十字騎士團にも協力してやる。有り難く思え」

突然態度が変わったヒズミに燐と理緒はきょとんと顔を見合わせた後、笑った。

「素直じゃないやつ」









「兄さん、理緒さん!」

鍵を使って正十字学園に戻るとそこには雪男にシュラ、そして祓魔塾の面々がいて二人の存在に気づくとパァと表情が各々明るくなった。

「雪男、皆ただいま」
「全くいっちょ前に手なんて繋ぎやがって、燐お前に理緒は勿体ないっつーの」
「うっせー」

しきりに良かったと涙ぐむしえみ、奥村君に飽きたら俺いつでも空いてますよーと宣う志摩に燐が蹴りを食らわす。
勝呂や子猫丸、出雲も良かったと安堵したような微笑ましげに見ていた。





「なんつーか、改めて考えてみると俺達って似てるよな」
「え、どこらへんが?」
「二人共よくわかんねーうちに力受け継いで、自分でも理解出来てないのに周りばっかりあたふたして」
「オマケに半分は人間の血」
「そうそう」

それから少し時が経過した。
理緒が吸血鬼の頂点の証である魔眼を受け継いだという知らせは全世界の吸血鬼に広がり、かなりの衝撃と動揺をもたらした。
オマケに全面的に人間、正十字騎士團に協力するということで半分人間なんかに従えるか、人間に傅くなど有り得ないという吸血鬼が各地でいるがそれも仕方ないと思う。
兄のヒズミは、と言えば正十字騎士團日本支部に在籍しことあるごとに燐に嫌がらせをする毎日である。
メフィスト曰く今になってシスコンに目覚めたんじゃないでしょうかね、と笑っていたがやられている方はたまったものではない。
互いに学校やら塾、任務で忙しい中久しぶりに二人きりで初めて出逢った木の下にいた。

「思えば俺、最初から理緒に一目惚れしてたよな」
「ホントホント、わかりやすすぎだった」
「え、マジ!?」
「その後色々知ってひいてたことも」
「う……」

自分がかなり顔に出やすいことに後悔した。
少しして改まって声をかけられる。

「俺さ、頑張って絶対聖騎士になるから。だからずっと傍にいてほしい」
「うん、傍にいる」
「まだまだ未熟な俺だけど、よろしくお願いシマス」

なんとなく恥ずかしくて顔を背けて言えば、頬に柔らかい感触。
呆然として理緒を見る。

「こちらこそ、不束者だけどよろしく」







END

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