宿業



メフィストには青い炎を出すなと言われたが、今まさに殺されようとしている理緒の姿に頭に血が上った。
雪男が見たら全く学んでいない……!と罵られそうだが仕方ない。
青い炎を降魔剣に灯し、真っ直ぐ睨む。

「テメーどういうつもりだ!三日待つんじゃなかったのかよ!」
「全く、おめでたい餓鬼だなあ。あんな口約束、なんの強制力もねーだろ」

単に馬鹿なだけか、と笑う吸血鬼に苛立ちながらその腕には理緒が拘束されていてどうやって助けたものかとない知恵を絞って思案する。
この吸血鬼は約束をあっさり破って彼女を殺そうとした。
もし燐が攻撃をしようとすればそれが届く前に手元にいる彼女を殺すだろう、青い炎も速いがタイムラグがあるので然りだ、それくらい戦略と無縁な燐にもわかる。
どうすればいいのか、何も思いつかず唇を噛み締める。

「そうだな、折角来てもらったからにはさっさと殺すのも勿体無い。少し楽しませてもらうか」

突然何を言い出すのかと思えば吸血鬼はパチンッと指を鳴らし、気づいた時には離れたところから何体もの悪魔に囲まれていた。
燐が通ったドアの前も悪魔に塞がれているので逃げることも不可能だ、逃げるつもりは毛頭ないのだが。

「たとえ魔神の子相手だって目先の命が惜しいもんだ、そいつら全員倒したら俺が直々に相手をしてやるよ」

悪魔の中には燐を見て「若君、」と躊躇うものもいたがこの男に逆らえばいとも容易く葬られることをわかっているので、燐に牙を向く。
一番奥であり、まるで玉座を模した場所にいる男は高みの見物を決め込むつもりなのだ。
それならと降魔剣を握る手の力を強くする。
大丈夫、対魔神の武器になると言われているのだから悪魔相手なら負ける気はしない。
青い炎を燻らせ、踏み出せば悪魔も一斉に襲いかかってくる。
それを降魔剣で切り伏せ、背後から襲いかかるのは炎で焼き捨てた。

「へえ、中々やるじゃねーか」

少し感心したように言う吸血鬼に理緒はギリッと歯軋りする。
あんなのこの男にとっては余興だ。
自ら手を出せば悪魔なんて一瞬で倒せることを知っているから。
今すぐに駆け寄って助太刀したいのに、何時間も前に負わされた傷が治りきっていなかったり血が足りなかったりで手を振りほどいて逃げられる程力が出ないのだ。

「燐……っ」

悪魔に勝ててもその先に立ちはだかるのは絶対的な存在、相性が悪すぎる、絶対勝てない。
だから悪魔を倒したらすぐにここから逃げてほしい、と言っても彼はそうはしないのだろう。
嫌だ、大切な人が殺されるのはもう沢山だ。
そうしている間にも殆んどの悪魔を倒した燐は、残り僅かを切り伏せるために降魔剣を振り上げたのだが、その時燐の肩にかかっているもう一つの長い袋の存在に気づいた。
燐が他に刀を携えているのは見たことがない、だとすればあれは。

「燐、それ貸して!」

降魔剣が降り下ろされ全ての悪魔が祓われたと同時に燐に叫ぶと、力が入らないのを振り絞って側にいた兄―――ヒズミから距離をとる。
理緒の言葉を理解して燐は袋からメフィストに渡された銀で作られた刀を出すと、それなりに離れているというのに重たいそれを鞘に入ったまま投げた。
ガギイィン!と耳を塞ぎたくなるような騒音が響き渡り、ちょうど手元近くに刀が着々すると素早く理緒はそれを掴み、鞘から刃を抜くと同時に振りかざす。
所謂居合いと呼ばれるものだ。
腕に僅かな傷を追った吸血鬼はそれが治らないかつ、痺れたような痛みにニヤリと笑う。

「銀か、小賢しいな」
「吸血鬼を相手にするときの正当な武器よ!」

そう言うや否や自分のいた場所から燐のところへと駆ける。
というのも、悪魔だけならば燐だけで十分だ、しかしこの近くにもう一つ気配を感じていた。
吸血鬼、それも複数の。

「話が、違う!」

燐の隣に辿り着けば、言葉を交わす前にその気配の正体が姿を現し声を荒げるが笑うだけ。
ユラリと現れた数は六、いや七人。
吸血鬼の気配もするが同時に人間の気配もする、つまりそれが指し示すことは。

「人間を、吸血鬼にしたのか……」
「ご名答」

それってこの前笹木先生が言っていた、と燐も思い出し息を飲む。
通常人間の血はあまり美味しくないと好まない吸血鬼が多いが、人間の血を喰らった時だけ悪魔とは違うことがある。
血を吸い尽くし、死した人間は再び生まれ変わるのだ―――吸血鬼として。
基本的に純血の吸血鬼にしか出来ない芸当だが、その上厄介なことに親となる己の血を吸った吸血鬼の意のままになるのだ、それを卷属と呼ぶ。
いくら人間ベースだとはいえ、身体能力も吸血能力も吸血鬼のそれだ、つまり燐にとっては相性最悪のモノに囲まれてしまったことになる。
燐が通ってきたドアに目を向けるもやはり塞がれていてここからの逃亡は叶わない。
この肌を指すような寒さからここは北にある、おそらく日本ではない。
更に言うと燐が普通にここへ来れたということは鍵を使っている、それはここが正十字騎士團のどこかの支部だということを示している。
基本的に騎士團では悪魔に攻め込まれ、大規模な戦闘になった時のことを考え、袋小路になるような出入口が一つしかない部屋はあまりない、必ず逃げ道を用意する。
それに先程まで感じられなかったこの吸血鬼達が入ってきた場所がある筈、そう思い暗い中目を凝らせば予想通り、ある一体の後ろに廊下のような道が続いている。

「燐、他に吸血鬼に効果あるの何かもらってきた?」
「ゆ、雪男から色々……聖水とか」
「それ貸して」

言われて燐は小さな鞄から聖水と書かれた缶を取り出して渡す。
聖水には戦いに際して利便性を高くする為に、聖水の噴射方法を数種選ぶ事が出来る。
開け口によって異なっていて、今回は相手が複数人数いるためスプレー上に噴射出来る横についた開け口に指をかける。
その瞬間聖水が霧のように噴射され、理緒は進む先にいる吸血鬼にかかるように投げると自分たちにはかからないように避けつつ燐の腕を掴み走り出す。

「一旦退避するよ」
「理緒、ええぇ!?」









「なんでこんなに人がいないの!?」
「メフィスト曰く、ロシア支部か今日上でミサやってるって!」

若干説明が足りていない気もするが、走りながら燐の言葉を噛み砕いて考える。
どこか海外の騎士團支部だと思っていたがここはロシア支部で、上ということはつまりロシア支部は日本支部と違って地下にあるということになる。
聖十字騎士團は強制しているわけではないがクリスチャンが多く、祓魔師として仕事していない場合は地上にて神父等やっているものもいるということだ。
こちらとしては騎士團に従属しているのでここの祓魔師に協力を仰ごうかとも考えたが、ミサをやっているということは上には当然一般人もたくさんいるので巻き込むのはまずい、彼等のことは私たち二人でどうにかするしかないだろう。
そこまで考えたところで、不意にフラリと視界が歪んだ。

「お、おい理緒大丈夫か!?」

どうやら転んでしまったようで焦ったように燐が手を伸ばす。
クラクラして身体に力が入らない。
まずい、ここまではどうにか騙し騙しやってきたが本格的に限界が来てしまったみたいだ。

「逃げて、私のことはいいから」
「馬鹿野郎!なに言ってんだよお前を置いていくなんて……!」
「分かるでしょ、今の私はどう見ても足手まといなの、このままじゃ」
「うっせえ!自分から命を捨てるようなことをすんな!」

ゴツン、と鈍い音がして同時に額に痛みが走る。

「頭突き……」
「頼むから、そんなに簡単に諦めないでくれよ……」

思い出すのは、義父が自分のせいで死んだ時のこと。
自ら胸を貫き倒れたジジイの身体を受け止めて、どんどん弱くなっていく胸の鼓動や冷たくなっていく身体。
嫌だ、もう自分が無力なせいで人が死ぬのは嫌だ。

「でもこのままじゃ二人とも」
「俺の血を飲め」
「……え?」

石頭か、と痛む額を押さえていると燐の口から飛び出した言葉に目を見開いて顔を上げる。
青い瞳が真っ直ぐに見つめていた。

「俺の血、飲んでくれ」






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