救出


「まさか行くつもりだとか言うんじゃないでしょうね、死ぬつもりですか」

理事長室の椅子に悠然と座り、さも信じられないかのように大袈裟な素振りで言うメフィストを燐は睨み付けた。
そもそも理緒を守るために教員が控えていたのではないか、怠慢だと罵ろうとするもそんな燐の心情すらも見透かしているようで。
あの時は同時刻に中級の悪魔が何体も正十字学園やその周辺に出没して、対応に追われていたのですよ――どうやら彼は悪魔すらも使役しているようですね、と言うが言い訳にしか聞こえない。
メフィストは燐が受け取った鍵を机の上に置いていたのを、ストラップを持ち上げる。

「この鍵は恐らくロシア支部に繋がっています、以前私が提供した一つでしょう」

君一人が突っ込んでも餌にされるのが関の山でしょうね、と言うのにわからないだろと返すが盛大に溜息をつかれる。

「奥村君、貴方は吸血鬼が我々悪魔に対してどれほど優位性を持っているのかわからないのですか」

悪魔が単体で吸血鬼に挑むなどイワークにピカチュウが挑むようなものですよ、アニメのように途中で水が降り注ぐなんてことは有り得ないんですよと言うメフィスト。

「じゃあお前は理緒が殺されても構わないのかよ」
「愚問ですね。仮に彼女が吸血鬼ということは棚上げして、味方一人が捕らわれているからとわざわざ危ない橋を渡りますか?正十字騎士團が万年人員不足だというのはご存知だと思いますが、それは志願者が少ないだけではなく殉職者も多いからなんですよ」

虚無界の創造主であり、悪魔の神であるサタンと戦うには小さな犠牲は仕方ない。
そうでもしなくては長い年月正十字騎士團が生き残ることなど到底不可能だっただろう。

「……それでも俺は理緒を助けたい」
「何が君にそこまでさせるんでしょうかねえ、あの吸血鬼が"兄"だからですか」

昨晩初めて聞いたことであるがメフィストはとうの昔に知っていたらしい。
確かに兄だと聞いて尚更腹が立った、妹を守るどころか殺そうとしていると。
だがそれよりも腹が立つのは自分自身だ、何が守るだ寧ろ彼女に守られたというのに。
燐に向けられた凶刃を身を呈して庇った姿が脳裏を離れない、悔しかった何も出来ず連れ去られて行くのを見ていることしか出来なかったことが。

「分かりました、そこまで言うのなら許可しましょう。我々としても彼女のような優秀な人材にいなくなられては楽が出来ませんからねえ」

冒頭の言葉と矛盾しているのではないかと思うが、話の腰を折ることになりそうなので黙っておく。
それからこれは私からのささやかなプレゼントです、と言うので何だと思いつつ手を差し出すとそこに置かれたのは一本の刀だった。

「俺、倶利伽羅持ってるから刀はいらねーぞ」
「倶利伽羅は通常貴方の青い炎を封じるためのものであり、それを抜いて戦うということは悪魔としての力を解放し青い炎を身に纏わせて戦うことになります。ロシア支部には奥村君、貴方の人となりを理解した人間はいません。万が一自分の姿が他の祓魔師の目に触れる可能性を考慮したら控えてた方が賢明だと思いますがね」
「……わかったよ」

ちなみにそれは銀で出来ているので触らない方が良いですよ、彼女が持つ場合もいつもの戦い方はやめるように言っておいてくださいと言うので試しに鞘を抜けば成る程、触れていないのに手を近づけるだけでピリピリと痛む。
それを再び鞘に戻して掴むと理事長室を後にする。
一刻も早く理緒を救出に向かいたい、逸る気持ちをどうにか抑え理事長室から出たところで廊下によく知る人物がいることに気づいた。
霧隠シュラ、その人が廊下の壁に背中を預けている。

「よう燐、お前これから行くのか」

それに無言で頷く。

「そうか、アイツがいないとメフィストの奴が高い菓子買ってきてくれないから必ず連れ帰って来いよ」
「なんだそれ」

てっきりお前の実力じゃ無理だとか言われるのかと思っていたので拍子抜けだ。

「それとビビリメガネからの差し入れだ」
「雪男から?」

受け取った紙袋の中を覗くと成る程聖水やら、小さな十字架など吸血鬼に効きそうなアイテムが入っている。
なら直接渡しに来ればいいのに、と言えばシュラはあいつも忙しいんだよと笑う。

「すっかり老けこんじまって、働き盛りのビジネスマンかっつーの。まあ実際問題理緒に関しては人員は割けない、あちらさんがお前一人を指定してきたのは寧ろ好都合だってことだ」

だから絶対に理緒連れ帰って来い、というシュラに燐は力強く頷いた。
雪男からという紙袋の中には祓魔塾の面々からのメッセージも書いてあった。
いずれも絶対理緒を連れ帰って来い!というもので一週間という短い期間であったものの、彼女が親しみを持たれていたことを意味している。
大丈夫、絶対に理緒を助けてみせる。
そう自分自身に誓って燐は強く拳を握り締めた。







理緒の母親は古より強い力を持つヴァンパイアの血族の末裔だった。
血を絶やさぬことを第一とする風習により、そこまでの力はないものの同じく純血の吸血鬼である男と結婚し子宝にも恵まれた。
しかしただ血族のための契約のような結婚生活に嫌気が差した彼女は、やがて偶然その地を訪れた異国の、小さな島国出身の人間と恋に落ち、産まれたのが理緒である。
理緒は両親の愛情を受けて健やかに成長した。
ヴァンパイアとしての幾多の能力、そして何より母親譲りの美しい容貌を受け継いでいた。
そんな幸せな日々が終わりを告げたのは突然だった。
あくまで人間として育てようと人間のコミュニティの中で暮らしていた理緒が友達の家で遊んでから帰ってきた自宅で、凄惨な現場を目撃することになる。
噎せ返るような血の臭いと、部屋中に広がる赤。
部屋の中央には両親の亡骸が横たわって、その傍らには青年が立っていた。

「ああお前がこの二人の子供、つまり俺の妹か」

声を聞いた瞬間本能的に駆け出していた、今思えばこの選択は大正解で逃げていなかったら確実にあのとき死んでいただろう。
とにかく命からがら逃げ、一人で生き延び、何とか祓魔師に協力する吸血鬼がいると聞いてここならと正十字騎士團の門を叩いたのだ。
そこで母親のことも父親のことも、二人を殺したのが実の兄だというのも判明した。
どうやら母の血筋は結構なもので二人が死んだのはそれなりに有名な話だったようだ。

「気がついたか」

目覚めればそこさ薄暗いもののそれなりの広さの場所のようだ。
兄が近くにある椅子に座り、ふんぞり返っているのを見て眉をひそめる。

「何故さっさと殺さない」
「あの悪魔のガキに三日待つって約束しちまったからな」
「……無駄よ、燐は来ない」

誰が好き好んで殺されに来るものか。
そう言えばそりゃそうだな、誰だって命は惜しいかと笑った。
兄は座っていた椅子から立ち上がると理緒に近寄り、頬に手を添えるとその顔をまじまじと見る。

「成る程、あの馬鹿な母親によく似ているよ」
「貴方が、私の両親を殺した……!」
「血を裏切る者に制裁を与えただけだ」

兄の目は恐ろしい程冷えきっていて、嗚呼自分はここで殺されるのだと改めて思った。

「……貴方の、名前は」
「そんなものを聞いてどうする」
「自分を殺す相手の名前くらい知っておきたい」
「そうだな、妹が兄の名前を知らないのも可笑しな話か。ヒズミ・アンダーブレードだ」
「ヒズミ……」
「さて名前も教えたことだしそろそろ眠る時間だ」

ヒズミの爪が普通のそれから、鋭利なものへと変化していく。
いくら吸血鬼が回復力に富んでいても心臓を一突きにされたら生きていることは出来ない。
観念したのか、諦めるように理緒は目を閉じた。

「理緒……!」

その時声が響くと同時にボウッと青い炎が照らした。
明るい光の光源にいる少年に理緒の目が見開く。

「り、ん」

どうして来たの―――ここに来たら貴方まで殺されてしまう。

「驚いたな、あのガキかなり上級だと思っていたがまさかサタンの血族者か」

お願いだから今すぐ戻って、逃げてという思いは燐に届くことなく、燐は倶利伽羅の切っ先を真っ直ぐまさに理緒に手をかけようとしていた男に向けた。






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