不安




祓魔塾の扉を開いた燐は中での出来事にポカーンと呆けた。
授業が始まるまでにはあと少ししかない、というのも前にもあったことだが高等科の方の授業で熟睡していて終わった後もクラスメイトが起こしてくれないのだ。
どうにか自力で起床したが教室から人が減っていて焦った。
こういう時は毎朝いつまでも寝ようとしている自分を無理矢理にでも起こしてくれる雪男に感謝しつつ、大急ぎで鍵を使い(一般の生徒に不審に思われないよう気をつけて)着き、今に至る。

「あ、燐ギリギリだったねー」

教卓に理緒が座っていた。
燐の到着に気づいた理緒がひらひらと手を振る。

「な、何でここに……」

先日実践任務に参加するようなことはあったが、祓魔塾に彼女の存在があることは初めてである。
てっきり来るのが嫌なのかと思っていたが違うらしい。
燐の問いは別の方向から答えが返ってきた。

「私がお呼びしたんですよ」

その聞き覚えのありすぎる声は下の方から聞こえてきた。
目線を下げれば教卓の下辺りに一匹の犬の姿、言わずとも正十字学園に初めて訪れた日に目の前で変身してみせたメフィスト・フェレスその人である。
別にそこにメフィストがいるのは問題はない、しかし今は教卓に理緒が座っていて普通より少し短いスカートから伸びる白い足と……場合によってはこの下にいればスカートの中身という男子にとってある意味桃源郷のような光景が広がっているのではないか。
そう想い至った燐の行動は早かった、ひょいとメフィスト扮する犬を首根っこを掴まえて持ち上げると別の方向へ投げる。
突然の燐の行動にしえみや出雲といった女子メンバーから「燐、そんな乱暴なことしたら可哀想だよ」「いたいけな子犬になんてことを……!」と抗議の声が上がるがスルーだ。
第一悪魔でありどう考えても自分達よりはるかに長生きのメフィストに対して間違っても"子"犬ということはないだろう。
早く正体を現せセクハラ理事長、という風にジト目で見ればやれやれと仕草をした後ポンッと音がして、そこにはいつものピンクでコーディネートされたメフィストが立っていた。
どうやらこの犬=メフィストの方程式が成立していなかったらしく、衝撃を受けている出雲筆頭祓魔塾メンバーにチラリと目線を向けてから話し出す。

「先日の笹木先生の件もありますしねえ、今後このような事態を起こさない為にも君達に吸血鬼という存在を知っておいて戴こうかと」

なので今回は私が先生、黒澤さんがアシスタントの特別授業です☆とウィンクを飛ばしてくるメフィスト。
いい歳したオッサンがウィンクしても鳥肌ものだが余計なことを言って機嫌を損ねてもアレなので黙っておく。

「まず皆さん常識として知っているでしょうが、その名の通り吸血鬼は血を飲みます。一般的には悪魔の存在や吸血鬼も架空だと思っている人間が大多数ですので吸血鬼といえば人間の血を吸うと思われがちですが、実際は殆んどの吸血鬼が悪魔の血を好みます」

以前聞いた話では、特に食品添加物等に汚染された現代人の血より悪魔の方が余程美味しいそうですね。
加えて血を吸うことで一種のエナジードレイン、生命の源であるエネルギーを吸うとも言われています、勿論それを吸い尽くされたら悪魔であろうと生きてはいられません。
美味しさや吸えるエネルギーの度合いは上級の悪魔であれはあるほど良いとか。
よって悪魔にとって吸血鬼とは祓魔師より余程恐ろしい天敵なのですよ、と言う。

「敵の敵は仲間やら友、という言葉があるように正十字騎士團はその関係性に着目し約百年前吸血鬼にアプローチをかけました」

古より暗躍していたヴァンパイアハンターと呼ばれる存在によって、吸血鬼は危機的なまでにその数が減少していた。
まるで西洋の貴族の如くプライドの高い吸血鬼に協力を戴けるよう説得するのは実に骨が折れましたよ、と自分がやったかのように語るメフィストに誰も突っ込まない。

「漸くこじつけた契約により我々は彼等の生命の保障及び、効率的な悪魔の血の提供を約束し代わりに吸血鬼は悪魔を倒す手伝いをする」

吸血鬼の血を身に入れた悪魔は灰と成り果てる、元々戦闘能力が著しく高い吸血鬼ですからその優位性もあって各支部で最前線で働いて戴いてます。
チラリと理緒の方を見れば、自分のことなのに興味があるのかないのか微妙な顔で聞いている。

「ここで本題なのですが、二週間程前に正十字騎士團中国支部にてお抱えの吸血鬼が殺されるという事件が発生しました」

誰かの息を飲む声が響くが、構わずメフィストは続ける。

「勿論我々正十字騎士團の落ち度と言えますが、話によると中国支部では更にその前にロシア支部で同様の事件があったことを受けて万全の警備体制を敷いていたのです」

それにも関わらず簡単に敵の侵入を許し、吸血鬼は殺された。
他の祓魔師は負傷こそはしていたり昏倒させられた者はたくさんいるが死者はいないという。

「ヴァンパイアハンターには人間、黒澤さんのようなハーフなど様々ですが時折純血の吸血鬼が同族を狩ることがあります」

種族の誇りを汚す者、人間の言いなりになる同族を許せないのでしょう。
その時燐は見た、教卓にある理緒の手が僅かだが震えていることに。

(どうしたんだ……?)

不思議に思い声をかけようとするがそこで後方の席から手が上がった。
メフィストはそれを見つけ質問が出たことに嬉しそうにしている。
挙手した生徒、神木出雲が口を開いた。

「そのヴァンパイアハンターが日本に来る可能性が高いということですか?」
「ええ、まさにその通りです!」

わざとらしくメフィストが返答した。
一瞬教室内がザワリとする。

「正十字学園にはご存じの通り中級以上の悪魔の侵入を拒む結界を貼ってありますが、吸血鬼には全く効果がありません。ですからこれから暫く夜間、皆さんに彼女の護衛をしていただきたいのです。なに、我々職員も勿論尽力しますので、分かりやすく言うなら旧男子寮で合宿をしましょうということです」

理緒のような人間の部分を兼ね備えている者は平気だが、純血の吸血鬼となると一番の脅威は太陽であり、うっかり生身で太陽の下に出た日には全身を地獄の業火で焼かれるような苦しみが襲い、それが長時間になると死に至る。
わざわざそんなリスクを冒して昼間に襲ってきたりはしない、実際いずれも事件は夜に起きている。
「ゴールデンウィークの合宿と違って試験ではありませんので気を張らないでくださいね☆」と宣うメフィストだが、寧ろ完全に実践ではないかと言いたくなったがやめた。
理緒がすごくすまなそうにこちらを見ているのだ、ここでそんなことを言った日には人間性を疑われかねない。
他のメンバーも同様なようで寧ろ志摩にいたっては「理緒さんとお泊まりやと……!」とかなり嬉しそうだ。

「参加は強制しません、別にこれに参加不参加だから成績に影響するということもありませんので」
「わ、私参加します!」

直ぐ様一際大きな声で参加の意を表明したのはしえみだった。
完全に参加する気になっていた志摩でさえ遅れた。

「この前の実践任務で私、理緒さんに助けてもらってので今度は私が理緒さんを守りたいんです!」
「今まで人間に死者はいないとはいえ、絶対に危害がないとはいえないのよ?」

理緒の言葉に祓魔師を目指すんです、危険くらい承知ですというしえみに誰もが逞しいと思った。
最初に出会った彼女は緊張しいで中々周りとも馴染めずにいて。
しえみに続くように他のメンバーも次々に参加の意を伝える。
意外なのは宝も参加することにしていたことか。

「それでは皆さん参加ということで、早速今夜から始まるので日没までに用意をして旧男子寮に集まってください」

勿論用事等あるときはいつでも自分の寮に戻って構いませんので、と言うメフィストの横にいる理緒にずっと燐は違和感を感じていた。
まるで何かに怯えているような、恐れているような。
単にヴァンパイアハンターを恐れているのではない、もっと何かあるそんな気がした。







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