戦慄




「シュラさん、貴女はわかっていましたよね。笹木先生がああなることを」
「んなわけないだろ、アタシだって神様じゃないからな」

ただ、アイツが理緒に対して何かしら憎悪かそれに類する感情を持っていることはわかってたよとシュラは言った。
去り際チラリと見た笹木の姿はもう人間から変わりつつあった。
まるでその存在が根本から黒く塗り潰されていくような、職業柄幾度も見たことがあるあれは間違いなく悪魔落ちの過程の姿だ。
普通ならば同じ祓魔師としてせめてもの情けか完全に悪魔と化してしまう前に葬るが敢えて今回そうはせずに理緒に任せる形になった。
理由として一つは、まだ経験の浅い塾生達に悪魔落ちしかけているとはいえ仲間を殺すというショッキングなものを見せるには早いと判断したからだ。
ならば何故燐を置いて行ったのか、燐が言い出したことだが最悪首根っこを掴んで強制連行すれば良いがそうしなかった。
全く、監視役が揃って監視対象を置いて行くなど問題外だと雪男は笑いたくなった。

「余計な邪魔者はいない方がいいだろ〜?」
「……貴女も残酷なことをしますね」
「現実を教えておくにこしたことはないっつーの」

元は人間とはいえ、悪魔落ちしてしまえば今はもうただの悪魔だ。
それはつまり"吸血鬼の餌"になったことを意味する。
そして理緒自身もわかっているのだ、これ以上兄に余計な感情を抱くことも抱かせることも碌なことにはならないと、だから許可をした。
雪男の脳裏を彼女と初めて会った時の姿が過る。
それは雪男が祓魔師としての称号を得て数ヶ月経過したある日のことだった。
正十字騎士団日本支部を兼ねている正十字学園にて、これから関わることもあるだろうからと養父に連れられ、初めて吸血鬼という存在に出逢った。

「ああ、君が藤本聖騎士の息子で―――」
「奥村雪男です」

第一印象はなんて綺麗な人だと、奇しくもか必然的かはわからないが兄と殆んど同じだった。
その時の彼女の様子は今でも覚えている、何も期待していないどうでもいいかのような瞳がこちらに向けられて、すぐに背けられた。
「今日はいつにも増してツンツンだなー、デレ期到来はまだまだかぁ」と養父は楽観的なことを言っていたが失礼な態度をとられた雪男としてはカチンときた。
それから任務で幾度か一緒になったが相変わらず態度は素っ気なく、ある日流石に腹が立って言ってやった。

「どういうつもりなんですか」

その一言に理緒はさも面倒だという目線を向けた後、全く質問の答えになっていないことを返してきた。

「ねぇ、奥村雪男君。私のこと好き?それとも殺したいくらい嫌い?」
「何言ってるんですか、貴女のこと殆んど知らないのに好きも嫌いもないでしょう。まあその態度には腹が立っていますが」

すると彼女の目が有り得ない物を見るように、見開かれた。
そして一言、「流石藤本聖騎士の息子、か」と言ってそのまま去っていったのだ。
その時は結局何も答えが聞けずに意味も分からずポカーンとした覚えしかないが、後に聞いた話では大抵の祓魔師は彼女の秀でた容貌又は吸血鬼の魅惑に過度な好感を抱くか吸血鬼だと明らさまに嫌悪感を剥き出しにするかのどちらからしい。
ならば人間、祓魔師に期待をするのは無駄だと最初から嫌われるような態度をとっていたとのことだ。
唯一、藤本獅郎だけはどういうわけか両者のどちらでもない日夜セクハラ親父なスキンシップをとってくる程度だった。
血は繋がっていないが親子の性なのか、はたまた悪魔の成分は全くないが一応魔神の子供であるせいかはわからないが両者どちらでもなかった雪男はその後無事理緒と良好な関係を築けて今に至る。

(兄さんは今は完全に前者だ、全てを知って一体どうするのだろう―――)









決着はあっという間についた。
血を滴らせた日本刀を振り回しあれほど大量にいたグールを切り捨てると、銃で攻撃してくるのを軽々と避ける。
笹木は心底驚愕の色に染められたような表情だったが、単純に実力の差という奴なのだろうと燐は思った。

「貴方のような目で睨まれたことは腐るほどあった。こっちは好き好んで人間の血なんて飲む気にならないっていうのにね」
「それでも、吸血鬼は私の……仇だ」

首筋にピタリと刀を押し付けられながらも、瞳からは敵意と憎悪の色を輝かせ笹木は言った。
さてこれからどうしようか、このまま刀でこの男の首を落としてしまえばいくら悪魔となり生命力が格段に上昇しても絶命するだろう。
そこでハッと背後からこちらの様子を固唾を飲みながら見守っている燐の存在を思い出した。
最初はいつでも助太刀出来るぞとばかりに降魔剣に手をかけていたが、あまりに圧倒的すぎてそれもやめてしまった。
そして燐の存在を思い出したと同時に、シュラそしてこの実践任務を言い渡したメフィストの意図を理解してしまった。

(……成る程、そういうことか)

最初からおかしいと思っていた、いくら人型のグールが大量にいて苦戦が見込まれるとはいえ、まだ半人前の彼等に吸血鬼の存在さえ大して知らなかった塾生達に同行させるなんて。
理事長室で初めて会った時、笹木が自分に殺気を一瞬だが向けたことには気づいていた。
自分が気づいたなら当然、超上級悪魔であり正十字騎士団の名誉騎士でもあるメフィスト・フェレスがそれに気づかない筈がないのだ。

(全く、回りくどいことをしてくれる)

今回の実践任務に自分を参加させたのは笹木に尻尾を出させ、そしてあわよくば悪魔落ちまでさせる餌だったのだ。
そして燐に吸血鬼というものを認識させる。
確かに、自分だって目の前に格好の餌があったら食すにきまっている。
もしくは理緒がそれに気づくことすらも計算の内だったのか、なら尚更意地が悪い。
刀を突きつけている元人間現悪魔の男の首筋を見下ろす。
まあいいさ、あちらも親切でやってくれたのだから乗ってやろうじゃないか。

「理緒……?」

数メートル離れた場所にいた燐は、理緒が無事なことに安堵しながらも異変に気づいた。
笹木の首に突きつけられていた刀を、どういうわけか取り除いてしまったのだ。
笹木が逃げ出して再び彼女を襲うのではないかと危惧したが、動き出す気配はない。
まるで酒に酔ったかのようなうっとりした瞳で理緒を見つめて、微動だにもしなかった。

「一体何が……」

その瞬間目の前で起こった出来事に燐は言葉を失った。
理緒が、笹木の首筋に噛みついているではないか。
吸血しているのだと気づくのにしばらく時間がかかった。
ドクドクと動機が鳴りやまない。
だが視線だけは逸らすことが出来ず釘付けになった。
その光景に"綺麗だ"と思うと同時に猛烈な恐怖と寒気が燐の身体を襲った。



彼女は今何をしている?
――悪魔の血を啜っている。
自分は何者だ?
――奥村燐は悪魔だ。
黒澤理緒にとって奥村燐は何だ?
――ただの餌だ。



やがて為すべきこと、食事を終えた理緒が既に息絶えている笹木の首筋から顔を離し、滴る血液を拭った。

「悪魔落ちしたけど元は人間の血だから、あんまり美味しくはないわね」

殺さずに調節して血を飲むことは出来たけど、あね二人が望むのはこうだろうと戦慄した表情の燐を視線の端に捉えながら自嘲気味に笑った。






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