復讐




(くそ……っ)

薄らと青い炎を刀身と己に纏わせながらグールの喉仏を斬ろうとするも一瞬、ほんの一瞬身体が止まる。
相手は悪魔だと認識しているのに、わかっているのに人に似たその形が、緩慢な動きが刀の動きを鈍らせる。
だがその一瞬が命取りだ、隙をついて襲いかかる鋭利な爪を避けながら燐は顔をしかめた。
余裕だと思っていたがそれは的外れな考えだったらしい。
祓魔塾の面々も同様に最前線にてキリクを振り回す志摩も苦戦しているようだ。
その時考え事をしていたせいか、一体のグールが剣の切っ先をすり抜けて燐の後方へ進んでいく。

(やべっ、あっちには……)

グールが進んだ先にはしえみが控えていた。
気づいた時にはもう遅い、既にグールはしえみの目前へと迫っている。

「きゃっ……!」
「しえみ!」

鋭利な爪がしえみにまさに襲いかかろうというその時、しえみの眼前にキラリと刀の光が煌めく。
当時に鼻腔を微かな鉄の香りが掠めた、それが血の臭いだと認識した瞬間目の前にいたグールが突如砂のように崩れ去った。

「燐、よそ見してる暇があったらちゃんと前向いて。まだまだ湧いてくるよ」
「お、おう」

手にした日本刀には根元に近い部分に指が添えられていて、そこから剣先へと真っ赤な血液が滴り落ちる。
理緒が自分とグールの間に入り、助けてくれたのだとわかるとしえみは慌ててピンッと背筋を伸ばしたかと思えば忙しなくお辞儀をした。

「あ、ありがとうございます」
「いいえ、それよりも杜山さんだっけ貴女すぐに私から離れた方がいい」
「……え?」
「こいつら、明らかに私を狙っている」

それまで全くそんな前兆はなかったのに、今まで均等に塾生達を狙っていたグール達がどういうわけか今は揃いも揃って理緒に向かってこようとしている。
先程までと何が違っているのかと思えば、刀を抜いてそこに血を滴らせたくらいだ。
視力が乏しいグールなので、だとすると理緒の血の臭いに反応しと寄ってきたということになる。

「普通悪魔は吸血鬼の血の臭いを嫌悪する筈なんだけどな……」

恐らく本能的に恐怖と警戒心がそうさせるのだろう。
だが寧ろ真逆にここにいるグール達は狙ってきている、どういうことなのか。

「雪男君、今すぐこの子達連れて戻っ……」
「そうはいきませんよ」

何かある、そう思い控えていた雪男に告げようとすると、その時横から発射された銃弾が鼻先を掠めた。
すぐに後退しつつ襲いかかってきた新たなグールを真一文字に切り裂くと、発砲してきた方を睨み付ける。

「避けましたか、残念」
「……一体何のつもり、笹木先生」
「わかりませんか、貴方を殺そうとしています。吸血鬼の黒澤理緒」

笹木の銃口はグールではなく真っ直ぐ理緒へのみ向けられていた。

「おま、何して!」
「兄さん、今は動かない方がいい」
「奥村先生の仰る通りですよ、この銀の弾丸には悪魔である君にも殺傷能力がありますから」
「……怪しいとは思っていたけど、このグールも笹木先生の差し金?」
「ええ、吸血鬼を襲うようにしつけましたから」

厳密には笹木を怪しんでいた、というよりも気に入らなかったのはシュラだ。
しかし当のシュラ本人は離れたところから何もせずにことの成り行きを見守っている。

「私は吸血鬼が憎くて憎くて仕方ないんですよ、だから」
「悪魔の力を借りることにした?」
「ご名答です」
「とんだ祓魔師ね」
「正十字騎士団が吸血鬼などの力を借りるという方が余程祓魔師の道理に反していると思いますが。何故なら我々祓魔師は悪魔に限らず異形の、人類に害を為す存在を討ち滅ぼすべきだからです」
「理緒は、人に害なんてなさねー!」

笹木の言葉に燐が反論するが、それを一瞥して続ける。

「一般的に吸血鬼にとって悪魔の血こそが一番の好物ですが、変わった嗜好の持ち主だったりある目的を持つ吸血鬼は人間の血を貪ります」
「ある目的……?」

疑問符を浮かべる塾生達にニコリと笑う。

「眷族、つまり自分と同じ吸血鬼に人間を変え、僕にするときですよ」








かつて少年は小さな村で祓魔師などとは無縁どころか、存在も知らずのどかに生活していた。
そこは都会からは遠く離れていたが村人皆が優しく、家族のような存在で本当に暖かかった。
だがそんな生活はある日どこから来たかもわからない旅人を泊めた日を境に大きく変化した。
旅人を装っていたのは一匹の吸血鬼だったのだ。
腹を空かせていた吸血鬼はある村人の血を一滴残らず吸い尽くした。
そしてその村人は絶命した後に復活した――吸血鬼として。
その後村はは見るも無惨な惨劇の舞台へと化した。
吸血鬼になった村人が他の村人の血を吸い、そして新たな吸血鬼が生まれる。
数刻も経たぬうちに村は血を求める吸血鬼で埋め尽くされた、納屋の裏で震えていた一人の少年を除いて。
幸運にも惨劇の餌食となるのを免れた少年はただ村が血の海となり、異形が闊歩するのを見ているしかなかった。
父親も母親も兄弟も、皆目を血走らせ血を求めて歩き回るのを身を縮こませているしかなかった。

「その日私は誓いました、必ず吸血鬼をこの世から討ち滅ぼすと」
「けど、それは理緒じゃ」
「祓魔師も同じじゃないですか。悪魔がこの世から消えてくれたら嬉しいでしょうし、突き詰めれば正十字騎士団の最終目標はその筈ですよね奥村先生」
「……それは兄のことを言っているんですか」
「いえ私の目的はあくまで吸血鬼の駆逐、祓魔師になったのは手段にすぎませんから。正直サタンだとかどうでもいいんですよ」

だとすれば相当な執念だと思った。

「雪男君、今度こそ言うわ。生徒連れてさっさと教室戻って。彼の相手は私がする」

シュラへと目を向ければ無言で頷いた。
どうやら手伝うつもりはないらしい。

「いや、俺は残る!」
「兄さん、我が儘は」
「いいじゃないですか、一人くらいの観客は許容範囲ですよ」

ねえ、そうでしょう?と問いかけてくる笹木に対し理緒は無言で刀を振るいまた一体、グールを切り伏せる。

「勝手にして、怪我しないか保証出来ないけど」

双方から許可が出て雪男は大きく溜息をついた。
そして燐に再三余計なことをしないよう言ってから、塾生達に戻りますよと声をかけ歩き出す。



「奥村せんせ!」

少し進んだところで勝呂が雪男に問うた。

「何ですか、勝呂君」
「なんで奥村の奴は残るのを許可しはったんですか」
「それに、あんな……止めないと!」
「しえみさん、貴女は交渉で笹木先生を止められますか?」

雪男の問いにしえみはそれは、と押し黙る。

「……本来、笹木先生が悪魔を操り理緒さんを襲った時点で彼には悪魔落ちと同様の処罰が下されます。実際、あの様子では悪魔落ちも時間の問題でしょう」

それはすなわち、粛清を意味する。
祓魔師は何よりも悪魔を打倒することを念頭に置いていて、いかなる理由があろうとも悪魔をけしかけるなど認められない。
燐は最大級の特例措置なのだ。
そう告げる雪男に、一緒に生徒を引率していたシュラが続けて口を開いた。

「それに、理緒の奴はアイツ程度にやられないさ。燐にもいい社会勉強になるだろ」

吸血鬼に惚れる、ということがどういうことがあの馬鹿もわかるさと言ってシュラは笑った。






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