嫉妬




そういや最近理緒に会っていないな、と燐は思った。
とはいえ彼女に会ったのは今まで計三回、いずれも偶然だったりあっちから来たりでこちらから訪ねる術はない。
正十字学園の生徒なのだから恐らく女子寮に寝泊まりしているのだろうが、どの部屋にいるのかもわからないのに訪ねる勇気は燐には流石になかった。
あの、吸い込まれるような紅い瞳が忘れられない。
雪男に相談して、また任務についていけば会えるのかもしれないが兄貴の面子的にそれは嫌だ。
そんな時にメフィストから塾生一同へと言い渡された実戦任務。
グールだか何だか知らねえがこの刀で一刀両断してやると意気込みながら待ち合わせの場所に向かったところで、眼前に予想外の組み合わせが会話していることに気づいた。
片方は同じ祓魔塾で学んでいるド派手なピンク頭が目立つ志摩、そしてもう一方は――。

(なんでアイツがここにいるんだよ……!)

その存在を確認したと同時に無意識に燐は走り出していた。



「もしかして、黒澤理緒さんと違います?」

シュラに言われた塾生及び引率教師との待ち合わせ場所、噴水の前で腰を下ろしていると不意に名前を呼ばれ理緒は顔を上げた。
少し早い時間に来てしまったから待つことになるだろうと思っていたが、意外と早いと思えばそこに立っているのは面識のない男子生徒。
祓魔塾の生徒だろうか、明るいピンク色の髪の毛にこれまた派手に染めたなあと感嘆しているとズイッと顔を近づけられる。
一応高等科の方には単位が足りる程度に足を運んでテストも受けているので、どこかで自分のことを知っている人がいることは問題ない。
しかも祓魔塾にいるのなら先日シュラが言っていたのによると此方が吸血鬼だということは知っているわけだから、もう少し警戒するなり様子見すると思っていたので拍子抜けしてしまった。

「あ、俺志摩廉造言います」

よろしくと手を差し出してくるので、何て言うか変な子だなあと苦笑しながら「はあ……こちらこそ」とその手を握り返した。

「いやぁ、噂に違わず別嬪さんやと思いまして」
「なにそれ、誉めても何もあげないよ?」
「いやいやホンマですって。どうです、今度一緒にデートに」
「魅力的なお誘いだけど遠慮しておくわ、私初対面の人とデートの約束するほど尻軽じゃないもの」
「そういうつもりやあらへんのですけどなあ……じゃあお友達から」
「はいはい」

理緒、ひいては吸血鬼と関わる人間は大抵その後二通りに分かれる。
一方はその秀でた容姿や魅惑の力によって好意的になる者。
またもう一方は人より優れた力を持つ存在だと恐れ、避け、やがて弾圧し駆逐さえする者。
後者が圧倒的に多く、数百年以上も昔から吸血鬼にとってこの世界は非常に生きにくく実際その数は右肩下がりだ。
だが好意的でもどうにも信用出来ない、親愛と憎悪は紙一重でいつ牙を剥くかわからない、というのもあるが結局彼等も個人ではなくヴァンパイアの気にあてられただけなのだと。

「俺、理緒さんと任務楽しみすぎて坊と子猫さん置いて先に来てしまったんですよ」
「……後で友達に謝っておこうね」

目の前でニコニコする志摩に、あながちこの子は気にあてられただけではないな、元来こんな感じなのだろうと笑った。
瞳が酔っているかのように不確かでなく、真っ直ぐ大真面目にこちらを見ている。
こういう子は珍しいな、と思いながら他の人達を待つ間とりとめのない話を繰り返していると不意に一際大きい声が響いた。

「理緒!」
「燐、どうしたのそんなに焦って」

燐が全力疾走してくるものだから目を丸くする。
流石体力宇宙と揶揄されるだけあって、瞬く間に噴水前にたどり着くと少しだけ乱れた息を整えると理緒と志摩の間に入る。
それはまるで理緒を後ろに庇うようだ。

「なんでここに」
「あれ、聞いてない?」
「理事長が説明してはったとき奥村君爆睡してはりましたからねぇ」

クスッと理緒が笑うのを聞いて恥ずかしさに顔が熱くなる。
ここだけの話、実践任務の件はメフィストが説明していた時ちょうど経典詠唱の授業の直後でそれはもうぐっすりと眠っていたのだ。
その後きちんと雪男に説明してもらったので(勿論有り難くないことに小言もたくさん頂戴した)問題はないが。

「それはそうと、志摩の奴に変なことされてねーだらろうな」
「変なことって、デートのお誘いしたくらいやけどなぁ」
「えっ!?」
「ちゃんと丁重にお断りしました」

あまりに驚いた表情になるのでフォローしておいた。
あんな奥村君、初めて見たかもしれない。
理緒と燐が話す様子を見て志摩はまるで憧れの先輩に精一杯話しかける女子生徒のようだ、と思った。
緊張しつつも話せてすごく嬉しい、みたいな感覚。
それと同時に気づいたことがある、理緒は燐本人も気づかないくらい本当にさりげなく燐のことを避けていると。
最初は勘違いなのかと思ったが違う、彼女は燐が一定距離の中に入ってくるのを恐れているかのように。

(これは、触れたらあきまへんのやろうなぁ)








「では予め説明していた通りこの鍵で移動し、目的地に到着次第グールの好む疑似餌を撒き誘き寄せます。各自いつでも戦いに臨めるようにしてください」

質問は、というと雪男は誰からも手が上がらないことを確認しポケットから鍵を取り出す。
それを生徒達は固唾を飲みながら見守っていた。
理緒はというと生徒からは少し距離を置いた場所で様子を見ていた。
時折向けられる稀有の視線にはとうの昔に慣れた。
あれから志摩と燐の後に噴水へ訪れた生徒は皆一様に理緒を見て最初「誰だこの人」と思ってからやがてメフィストが言っていた吸血鬼なのだと理解する。
雪男曰く実に軽いノリで吸血鬼に関する説明も殆んどなしだったので、もし燐が口を滑らしたとかで知っていなかったらさぞかし困ったことだろう。
するとそこへ突然金髪の女の子が勢いよく向かってきた。
何事かと思っていると「あ、あのよろしくお願いします!!」と上擦った声でお辞儀をされた。
どうやら少女なりに親睦を深めようとしてくれているらしい。
可愛い子だなあと思いながら「頑張ってね」と言えば嬉しそうな表情になった。
祓魔師は平時から仲間同士の連携を大切にしているが今回の任務はそれが特に顕著で各々取得を目指す称号に基づき、陣形を張る。
騎士が最前線でグールを薙ぎ払い、竜騎士と手騎士が援護しつつ詠唱騎士と医工騎士を守る。
その間詠唱騎士は致死節を探しながら経典を唱え続け、医工騎士は怪我人が出た時にすぐ対応出来るように待機、特に今回のような屍系の悪魔では魔障を受けた場合適切な処置を施さなければならない。
なんてことない、ごく一般的な陣営だ。

「それでは、行きますよ」

鍵で開かれた扉の向こうには、幾つかの古めかしい家が連なっており、それらはいずれも壊され廃墟と化している。
そしてその先には墓地が広がっており、何かが蠢いている。
塾生たちが息を飲む音が聞こえた。







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