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とある新米教師の受難(テニス/立海)


「テニス部の、顧問ですか……」

新卒で母校である立海大中等部に着任した私に、滅多に笑わないと他の先生方から定評のある恐面の学年主任が満面の笑みで告げた内容に物凄く戸惑った。
話によるとその男子テニス部の顧問は昨年末までなっていた先生が胃潰瘍で入院してしまったせいで、今年度に入り一ヶ月程度経つが成り手がいないらしい。
そりゃそうだ、昨年一昨年と連続で優勝し三連覇がかかっている部活の顧問はさぞかしプレッシャーがのし掛かることだろう。
そう言ったら学年主任は困ったように笑った、後に聞いた話だがその場面を偶然にも目撃したベテランの音楽の先生曰く「明日は槍が降るかと思った」らしいので彼の笑顔はそれはもう稀少なものなのだろう。
少し話は逸れたが、要するにそんな大事な時期のテニス部を私なんぞに預けていいのか、ということだ。
テニスは大学のサークルでお遊び程度にしかやっていなかったし、第一まだ大学を卒業したての教職に関しては右も左も分からぬひよっこなのである。
当然ながら担任としてクラスを受け持つことなんてなく、三年の副担任として生徒からも童顔が災いしてか"綾瀬ちゃん"と同級生扱い。

「大丈夫ですよ。彼等は、特に部長の幸村君と副部長の真田君は大人も顔負けにしっかりしていますから」
「ああ、真田君がいるんですか。それはしっかりもしてますね」
「そういえば綾瀬先生は三年A組の副担任でしたか」
「はい、真田君のあの厳格なオーラはまるで死んだ曾祖父を思い出すようで……」
「なら話は早いです、真田君もしっかりサポートしてくれますから」

今にして思えば、とんだ口車に乗せられてしまったと思う。
そう、私は端的に言えば皆が嫌がる男子テニス部顧問を押し付けられてしまったのだ。







「今日付けで顧問に就任しました、綾瀬雛乃です」

どうぞよろしく、と転校生のような挨拶を済ませると部長の幸村君が集めた部員達によるまばらな拍手。
うむ、歓迎されているかされていないか微妙な線である。

「俺は部長の幸村精市です」

成る程、この色白バンダナ君が部長なのか。
全国連覇中の猛者部長だというからてっきりスーパーサイヤ人的な予想だったが、大外れである。
だがそこは騙されてはいけない、この儚げな風貌の中に数々の選手を闇に葬ってきた力が……
そんなことを考えているとパチリッと幸村君と目が合い、微笑まれる。
ごめんなさいとんだ天使だったよ!

「ウチはご覧の通り部員が多いので、各部員の紹介は各々お願いします」
「あ、大会近いですもんね!」
「それから綾瀬先生にしていただく内容ですが…」

正直顧問と言っても完全初心者の私には何をすれば分からない。
大会関係の書類作成はもう少し後になるとして、球出しとかすればいいのだろうか。
いろいろ思案していると、幸村君が一枚の紙を渡してくれたので受け取るとそこには活字で私の仕事内容が書かれている。

「それは三年の柳が作ってくれたもので、この紙に書かれてあることを行ってくだされば十分です」

練習もあって忙しいのにわざわざご丁寧に、と思いつつ紙に目を通す。
どれどれ私のするべきことは……

・部室にある洗濯機でタオルや代えの体操着を洗い、部室裏にある物干しに干す。
・下記に定められた配合でドリンクを作る
・部室の掃除、各トロフィーや優勝旗を綺麗な状態に保つ
・部員の各測定時にカウンターやストップウォッチで測定補佐

随分思い描いていた顧問像とは違うんだなぁと思ったのだが、せっかく丹精込めて作ってくれた物なので早速上から取りかかることにする。
まずは部室で洗濯機を回せばいいのか。
コートの裏にある部室は流石全国制覇校、結構大きく設備も整っているようだ。
お目当ての洗濯機を発見して中に使用済みのタオルや汗を吸い込んだ体操着を確認すると、側に置いてある柔軟剤入りとかよくCMで流れている某有名メーカーの洗剤を規定量入れてスイッチを押す。
ちゃんと洗濯機が動いていることを確認すると、改めて部室の様子を見渡す。
男子の部活だから目も当てられないほど汚いとか予想していたが、服とかテニスボールが無造作に転がされているぐらいで少し整えてゴミを集めて拭き掃除すれば簡単に終わる。
掃除終了後、洗濯機に表示された残り時間まであともう少しあるので棚から取り出したスポーツ飲料の粉達を並べて紙に指示された通り配合していく。
お、なんか理科の実験みたいで楽しいぞなんて思いながら冷蔵庫に入っているミネラルウォーター(部室に冷蔵庫まであるのかここは)に入れて、例えるならバーのカクテル気分でシャカシャカと振る。
別段煙が上がったりとか色が変化することもない、白く濁ったボトルを眺めて十分混ざっていることを確認すると部員の人数分に均等にしていく。
当然ながら一回分では全員のを賄える筈もないので何か繰り返しているうちに、洗濯機が音をたてて作業終了を知らせるのでさっさと取り込んで指定された場所に干す。

「随分と手際がいいんですね」
「のわっ!?」

背後から声を掛けられて変な声を上げてしまった。
恥ずかしいと思いつつ改めて振り返れば、目を瞑っている少年。

「綾瀬先生は俺が目を瞑っていると思っている確率百パーセント、残念ながらちゃんと見えています」
「どうして分かったの?」
「初対面の相手にはよく言われますから」

薄目少年(多分これ失礼)は柳、と名乗った。
どこかで聞いた名前だと思えばああこの私の仕事内容を指示する紙の作成者か。
更に言えば申し訳ないことに彼は私の受け持つ数少ない授業を受けているらしい、クラスの子の名前すら完全に覚えていない私に別のクラスの名前なんてまだ覚えている筈もなかった。
胸を張っていうことじゃないけど。

「まだ作業開始してから三十分程度しか経っていませんよ」
「私、小学生の頃からお母さんが海外に行っちゃって家事の類いは私がやってたから慣れてるの」
「成る程、しかし疑問に思いませんか」
「え?」

不意に問われて首を傾げる。
何か変なことでもあっただろうか。

「先生の行っている作業は本来マネージャーがすべき仕事、どう転がっても教諭がすることではありません」
「え、幸村君が顧問の仕事はこれだって……それにこの紙作ったの柳君じゃない」
「俺は部長命令に従っただけです」
「えええ……」

いきなりの言葉にどう返せばいいのか戸惑う、それじゃあ私は雑用を押し付けられているということだろうか。

「えっと、取り敢えず幸村君に聞いてくるね」
「そうすることをお勧めします」
「柳君、ありがとう!」

作っておいたドリンクを部員に配布しておいてくれるよう頼むと、幸村君がいるであろうコートへと小走りで向かう。

「また顧問がいなくなるか、はたまた部が変わるきっかけになるのか見物だな」






「ゆ、幸村君!」
「どうかしましたか?綾瀬先生」

幸村君は一番手前のコートで主に他の部員とは違うジャージを来た部員に指導をしていた。
これが所謂レギュラーといやつだろうか。
あ、真田君と……柳生君もいる。
二人共レギュラーなのか、凄いな流石あの貫禄なだけある。

「あの、私の仕事これってちょっとおかしくないかな?」
「いえ、おかしくないですよ。ウチでは顧問の先生にあのような仕事をやっていただいているんです」
「マネージャーはとらないの?」
「レギュラー目当ての仕事もろくにしない連中にいられても迷惑なんですよ」

幸村君は一見穏やかな笑顔を浮かべているようだが、目は笑っていないように見えた。

「でもやっぱり私はこれはおかしいと思うな、顧問ってやっぱりテニスをする上で指導とか……」
「俺達より下手な人に教わることなんてありませんよ」

最後にとびきりの笑顔で幸村君は宣告した。

「我等が常勝立海に、顧問など必要ない」





▼end
公式で立海の顧問いなくね?的な話になっていたので捏造してみた。
教師夢主、若干アホの子。
一応先生なので敬語使うよ!





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