それでいいのかい。京楽は私を案じた。何度も何度も繰り返されやり取りだ。二月の立春、三月の啓蟄を過ぎても尚、寒い今日この頃。部下に連れ去られた浮竹はさておき、私は京楽と繰流屋(くるるや)の鍋をつついていた。

「ね、お肉いいかな?」
「もう少し待ったら。あ、お姉さん熱燗お願いするよ」
「湯豆腐食べたいな」
「鍋に入ってるよ」

もあもあと上がる湯気越しに京楽が苦笑いしているのが分かる。確かに鍋に豆腐は入っていた。

「言わなくていいのかい?」
「うん。さっき、そう言ったじゃないの」

まあ。でもさ、と食い下がる京楽。珍しい。いつもなら、私のやりたいようにしなよと言うのに。

「君のやりたいようにしなよと言いたいけど、それで君が悲しい顔をするのは嫌だからね」
「うわぁ、たらし」
「ポン酢が垂れてるよ」

何ともまあ、浮竹とは少し違うけど懐に入るのがうまいこと。何百年という友人付き合いをしていても、舌を巻く。

「僕はさ、君に少しでも笑って欲しいんだよ」
「知ってるー」

おどけて応じると、仕方ないんだからとお肉を取ってくれた。

どこが好きなんだい?そう問われるのはいつものこと。公に出来ない私の片思いの相手。その人の話をさせてくれる京楽にいつもいつも甘える。


五番隊に所属してウン十年。雛森さんが副隊長になるまでを見守って、隊長が離反して、雛森さんが倒れて。全てを間近で見てきた。

その度に副隊長になってくれれば、繰り上がりで隊長が埋められるぞと浮竹に言われた。私が隊長の器ではないと彼等は知っている。

「また来たんですか、浮竹隊長」
「今日は違うんだよ。射場副隊長がな」

たまたまだよと懐から菓子を私に押し付けて、じゃあなと背を向ける浮竹。やることが読めない。

「午後の討伐の引率を頼みたいんですわ」
「あれ、三席は」
「風邪引きよって」

三席が引率をする筈だった七番隊の討伐。四席の私が出ても問題はない。それならばと話を受けて、刀を手に取る。すいませんの。私に頭を掻きながら下げる射場副隊長。そんなの気にしなくていいのに。


七番隊のメンバーは中位席官三人と新人二人。十一番隊並の血気でないことに安心し、私は監視に徹した。

多少のやんちゃをした新人二人にはお灸を据え、残りの三人にはねぎらい。私が刀を抜く姿が見たかった!そう言われて嬉しくない訳がない。嬉しいことを言う彼等が一体でも虚を残していてくれたらと笑った。


七番隊に彼等を送り届けると、狛村隊長が私に気付いた。お茶でもどうだろうかと誘われて断るなんて馬鹿なことはしない。その鮮やかな金茶の瞳が愛しいのだから。

ふわふわと毛並みが揺れる。窓から入り込む風は温く、煎れたてのお茶は熱い。ふうふぅと息を吹き掛けていると、狛村隊長が今日はありがとうと湯呑みを置いた。

「お互い様ですよ」
「うむ。何かあったら遠慮なく言って欲しい」

こんな些細なことにさえも心をはらうこの人が私は好きだ。この気持ちをほろほろと零してしまいそうになるのは、決まって二人でお茶をする時。それも狛村隊長に誘われた時だ。どうしてだろう。きっと、狛村隊長の作る空気だと思う。



「いつか死神をやめる時、出来なくなった時が来たら私、店を手伝おうかと」
「母のか?」

何故、そんな話を?と問い掛ける視線を避けられはしない。避けられはしないが、答える必要はない。今、この答えは必要がない。狛村隊長だってそんなことは分かってる。

「遠くに行かないで下さいね」
「あぁ」
「だから」
「分かっておる」
「いつも」

先は言わなくても分かる。狛村隊長は困ったように笑った。しんなりと伏せった耳が悲しくなるけれど、狛村隊長の声が沈んではいない。むしろ、上擦っている。こんな時、彼より長く生きていて良かったと思ってしまう。


この先、私が狛村隊長に思いを伝えることは無いかもしれない。思いを伝えられるようになるのはきっと、私が死神をやめた時。でなければ、叶わない。そんな気がする。だから、それまではいつも祈る。





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