▼思い出とベッリーナ@
ブチャラティとアバッキオがみかじめ料を徴収してアジトへ戻ると、窓際に立って電話をしているアデレードの姿が見えた。
口調から仕事の事ではないのは解る。「Sì」と頷くアデレードの横顔が普段よりも穏やかでプライベートでの相手だとブチャラティにもアバッキオにもすぐに気付いたが、プライベートでのアデレードがどんな相手とどんな付き合いをしているのかはまるで検討がつかなかった。
「Sì,sì.……Ti amo anch'io.Ciaociao.」
だからアデレードがそう言って電話を切ったのを聞いてブチャラティとアバッキオは互いに顔を見合わせては眉をひそめ、アデレードに詰め寄るように尋ねる。
「アデレード、誰と話していたんだ?」
「随分と親しそうだったじゃあねぇかよ」
「丁度良かった。ブチャラティ。今週末、私とレオーネにお休みをもらえない?出来たら2日程」
「休み?アバッキオと?」
再びブチャラティとアバッキオは顔を見合わせるが、アバッキオも目をくるりとさせて初耳である事を示した。
「一泊したいの」
アデレードの言葉に今度こそブチャラティはアバッキオの腕を掴むが、アバッキオも「知らねぇ!」と今度はハッキリと言って首を横に振った。
「アバッキオと一泊って何処に行くんだ?な、なんでアバッキオなんだ?」
「レオーネとじゃあないと意味ないもの。彼の実家へ行くのにはね」
「……実家……?」
「Sì.さっきの電話はノンナからよ。“レオーネの誕生日を祝いたいから二人して帰っておいで”って。レオーネに言うとあれこれ理由をつけて来てくれないから私に掛けてきたのよ」
「……アディー……。それならそうと最初からちゃんと話せよ」
「あ、あぁ……。それでさっきの……」
ブチャラティは先程の電話を着る間際にアデレードの口から出た“愛している”の言葉の意味と相手を知って、ほっと溜息をつく。
それを見たアデレードはクスクスと楽しそうに笑う。
「ブチャラティってばそんな事で妬くだなんて、可愛いひと」
「……忘れてくれ」
「私達にお休みをちょうだい。それで忘れてあげる」
「仕方ないな。君には敵わない」
「オイ、オレは行くとはまだ一言も言ってねぇぞ」
「往生際が悪いわよ、レオ」
実家に帰る事を快く思っていないアバッキオが不機嫌さを露わにして抗議するが、従姉であるアデレードの前に彼の悪態は通用しないのはアバッキオが一番知っていた。
3月25日。
ネアポリスを出て1時間を過ぎれば懐かしい風景が広がる。
二人の実家はネアポリス郊外にあり、車で約1時間15分の場所にある。ネアポリス程賑やかではないが、美しく閑静な街並みはここで暮らす人々そのものだ。
ハンドルを握るアバッキオの隣でアデレードがカーステを操作した。地元のラジオ番組が天気と交通情報を伝えた後、懐かしいジャズを流す。
“Oh when you’re smilin’….when you’re smilin’ The whole world smiles with you……”
「And when you’re laughin’….when you’re laughin’ The sun comes shinin’ through……」
シナトラの歌声に合わせて歌うアデレードは頬杖をつきながら窓の外の景色を眺めていた。
アバッキオもそうだが、今日のアデレードの服装はいつもとは違う。モーブピンクのワンピース姿で助手席に乗り込んできたアデレードを見て、アバッキオは一瞬目を奪われた。髪も丁寧に編み込まれ、ビジューバレッタが輝いている。
普段ネアポリスでギャングとして生活している気配は微塵もない。
信号で停車してちらりと横を見るとアデレードと目が合った。アバッキオは何となく気まずくなり目を逸らしたが、それでは見ていたのを認めたようなものだと思うが既に遅かった。
「なぁに?」
「別に」
「嘘。今、見てたでしょ」
「鼻唄を歌うほど機嫌が良いんだな、と思っただけだ」
「だって家に帰るのは久々だもの。ナターレ以来よ」
「実家に帰るの、アディーは嫌じゃあねぇのか?」
「今は嫌じゃあないし怖くもないわ。それはレオも同じでしょう?」
「……どうかな。オレは未だにこんなヤツに帰る場所があっていいのかって思うぜ」
「だから、帰りたがらないの?」
「オレの顔見たら嫌でも事件の事を思い出させちまうだろ?」
「もしそうならわざわざ誕生日を祝ったりしないわよ」
「自分たちは子供を見捨てるような真似はしていない、と思いたいだけかもしれねぇだろ」
「捻くれてる」
「お互い様だ」
二人はフン、と笑って正面を見る。信号は青に変わっていた。
二人の実家は同じ通りにあり、アバッキオの実家にアデレードの両親やノンナも行っているとの事で、そのままアバッキオの実家へ向かう。
庭に車を停めると、家の中からアバッキオの母親が姿を見せた。
「Ciao!」
「Ciao,zia!」
叔母にあたるアバッキオの母親とアデレードがハグとバーチをする。運転席から降りてきたアバッキオにも同じくハグとバーチをしようとする母親に合わせてアバッキオは身を屈めてそれに応えた。
家入るとリビングには互いの家族全員集まっていて、それぞれハグにバーチ、握手を交わす。
ラタンチェアに腰掛ける祖母にも二人は近づいて目線を合わせるようにしゃがんだ。
「Ciao,nonna. 」
「Come stai?」
「Molto bene!二人に会えたんだからね」
「私もよ。会いたかった」
「Sì.」
祖母の皺のあるサラサラとした手がそれぞれの頬に触れ、バーチをされる。幼い頃からアバッキオもアデレードも祖母のこの手が好きだったし、祖母の事を大事に思っていた。
いつもおしゃれで料理が上手で、優しく家族を包み込むような祖母は典型的なイタリアのマンマであり、二人の人生の師であった。
「レオの好きなピッツァ・マルガリータも、アディーの好きなミネストローネも作ってあるよ」
「ルッコラのサラダも?」
「モッツァレラも?」
「Sì,si!Certo!お前たちの好物は全部用意したよ」
「Grazie,nonna!」
「さぁさぁ、プランツォにしましょう。アディー、ちょっと手伝って」
アデレードの母が奥から呼びに来て、アデレードはキッチンへと向かう。マンマやノンナが料理のすべてを取り仕切る南イタリアではアバッキオやアデレードの家も例外ではなく男子禁制だ。
父や伯父に誘われてアバッキオはワイン選びにセラーの前へと行く。
「二人とも白が好きだし、ソロパカなんてどうだ?」
「ああ、いいな」
「決まりだな」
アバッキオ、アバッキオの父、伯父でありアデレードの父でもある3人の目は同じく紫と黄の二層の色をしている。これはノンナからの遺伝だった。
ワインを選び食卓へ向かうと、食事は次々と運ばれてくる。その量や品数を見て、アバッキオがつい言葉を漏らした。
「……作り過ぎじゃあねぇか?」
「何言ってるの、そんな細い身体で!アディーもよ!また痩せたんじゃあないの?ちゃんと食べてるのかしら?」
「細くねぇよ。十分デカイだろ」
「ちゃんと食べてるわ、ノンナ」
「お前たち二人とも背丈があるんだから、いっぱい食べなさい」
そう言ってノンナは二人の皿にサラダを取り分け、モッツァレラチーズを乗せる。
以前と変わりなく二人を迎入れてくれる互いの家族はこのノンナによって結ばれている。汚職事件によってアバッキオが警察官を辞めた時も誘拐されたアデレードがギャングになった時も、最終的に二人を受け入れたのはノンナだった。
捻くれた考えを言うアバッキオも、ノンナの笑顔を見るまでは実は少しだけ怖いアデレードも、ノンナがいるからここへ帰ってこられる事をよく理解している。
「さぁさ、冷めないうちに食べましょう」
「お帰り、レオーネ」
「お帰り、アディー」
『ただいま』
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