▼パーティとベッリーナ
12月24日。クリスマスイブ。誰もが大切な人と過ごす日。
しかしギャングであるアデレードにとって今年はそうとは限らない。
その日には組織のパトロンの一人が主催のクリスマスパーティに参加するVIPの護衛につく任務が入っていた。
アデレードは会場内の参加者に紛れて護衛する役目を任されている。
朝からアジトで行われた最終打ち合わせの後に同じ役目であるアバッキオの運転でサロンへ行き、ヘアセットが終わる頃には既に運転手の制服を着たフーゴがアデレードのドレスをサロンへ届けに来た。
サロンでイブニングドレスに着替えて、フーゴが待つ車に乗り込むと、後部座席にはタキシードに身を包んたアバッキオが座っていた。
「あら、Ciao,bello.」
「茶化すな。何だってアデレードの相手が俺なんだ」
「不満なら変わってほしいですね。僕だって君たちの運転手の役なんて嫌だ」
「姉弟っていう設定で招待状用意させたんだから、仕方ないわ。パーティは男女ペアが常識よ」
「Si.うちに女性はアデレードしかいないのでアデレードは必須だとして、問題はその相手役。誰がなるか散々揉めたの忘れたわけではないでしょう?アバッキオが相手役をやるのが一番妥当なんですよ」
「妥当ねぇ……」
アバッキオが未だ不満そうに窓の外に目を向ける。
フーゴの言う通り、アデレードの相手役を決める時アバッキオ以外のメンバー全員がその相手役に立候補して揉めた。一番気乗りしなかったアバッキオが選ばれたのは他でもないアデレードが指名したからであるが、それを妥当と言うのかは疑問が残るところである。
「アデレード、プランツォ食べてないでしょう?食べる時間もないだろうから車の中で食べてくださいね」
「Grazie.フーゴ」
ミラー越しにフーゴがアデレードに話し掛け、前から紙袋をアデレードに渡した。受け取った紙袋を開けると中にはチャバッタとカッフェが入っている。
「嬉しい。お腹ペコペコだったの」
アデレードが早速チャバッタにかぶりつくと、まだ温かくほのかにチーズの香りがして食欲をそそった。
「焼き立てかしら、美味しいわ」
「それは良かった」
チャバッタをぺろりと食べ、最後の一口をカッフェで流し込む。アデレードの持つカップの蓋にプラム色の口紅が付いたのに気付いたアバッキオはちらりと横目でアデレードの口元を見た。
「口紅、取れてんぞ」
「やだ、今直すわ」
アデレードは口元をナプキンで拭いながらバッグの中を漁ると、見兼ねたらしいアバッキオがアデレードのバッグから口紅を取り出す。
「こっち向け」
「ん、」
アバッキオの言葉にアデレードは素直に顔を向けて閉じた口唇を差し出すと、アバッキオが器用に口紅を塗り直していく。
「……ンパッてしろ」
言われた通りにアデレードは口唇を上下馴染ませてパッと開いた。美しく塗られた口唇にアバッキオは満足そうに頷いて、口紅の蓋を閉める。
「これGIVENCHYのクリスマスコフレだな」
「Si.」
「Ti sta bene.」
「Grazie.」
「……ポンペイでも言ったけど、後ろでイチャつくな」
「イチャついてねぇ」
運転席で見ていたフーゴが盛大に舌打ちをし、アバッキオもまた反論と共に舌打ちし返した。アデレードは肩を竦めてやれやれとそんな二人を眺めていると電話が鳴る。
「Pronto?」
『二人と合流できたか?』
「ええ、予定通り会場に着くわ」
『Bene.では会場で待っている』
「Si.」
電話の相手はブチャラティだった。彼は護衛対象となるVIPのSPたちに混じりすぐ傍で任務にあたる。
パーティ会場であるホテルの前にフーゴが車を止ると、車のドアを開けたのはドアマンの制服を着たジョルノだった。
「Buonasera, signora.」
「Buonasera.」
ジョルノはアデレードにパチリとウインクを飛ばしてくる。悪戯な一面にアデレードも微笑みを返すと、続いて降りてきたアバッキオに眉をひそめられた。
ドアマンに扮したジョルノと共にホテル内へ入り、クロークへ案内される。
「こちらのお客様がコートをお預けになりたいと」
「Si,畏まりました」
ジョルノがそう伝えるクローク係はナランチャだった。
ジョルノはそのまま一礼して隣にある関係者専用扉を開けて去っていく。
アバッキオとアデレードのコートを受け取ったナランチャは番号二人でと共にメモを渡してきた。
「良い夜を」
「Grazie.」
タキシード姿のアバッキオがドレスのアデレードに腕を差し出しエスコートし、パーティ会場であるホールへ向かう。
会場となるホールの入口で受付の男に招待状を見せれば、招待状に書かれた名前と二人を見て「ようこそ」と迎え入れられた。
「…ナランチャは何て?」
「NA301GE……逃走用車のナンバーだ」
会場に入ると、アバッキオがナランチャから受け取ったメモを開く。そこには英数字が書かれていて、もしもの時の為の逃走用車のナンバーが書かれていた。
「お客様、お飲み物は如何ですか?」
ウェイターに扮したミスタがアバッキオとアデレードに飲み物を載せたトレンチを差し出してくる。
「シャンパンを頂くわ」
「Si,signora.」
トレンチからシャンパングラスを取るとミスタは小声で「ブチャラティはピアノの横にいるぜ」と伝えた。
「Grazie.」
言われた方を見てみると、ブチャラティも丁度こちらを見ていて目が合う。
「向こうも気付いたな。俺たちも対象に少し近付くぞ」
「Si.」
アバッキオに寄り添いながら会場内を移動して護衛対象の真横についた。談笑する振りをしながら警戒を怠らない。
あくまでも二人は微笑みを浮かべながら耳元で囁くように話す。傍から見たら恋人同士が愛を語らうように見えるが話している内容と口調は普段通りだ。
「……ジョルノのヤツ、ふざけてたな」
「ちょっとした悪戯じゃあないの。そんな目くじらたてる程でもないわ」
「フーゴもナランチャもミスタもアディーの格好にデレデレしてたしな」
「それはいつもの事よ」
「さっきの受付の野郎もお前に色目使ってただろ」
「あら、なぁに?嫉妬してるの?」
「そんなんじゃあねぇ」
「素直じゃあないわねぇ」
クスクスと笑うアデレードにやれやれと苦笑する。そんな二人をブチャラティがジトリとした目でこちらを見ている事に気付いたアバッキオはスッと表情を引き締めた。
これの何が妥当なんだ、と心の中で頭を抱える。
やはりこの役目は貧乏くじ引かされたのと同じだ。
一番厄介な人物に嫉妬されるのはごめんだとばかりにアバッキオは溜息ごとグラスの中のシャンパンを飲み干した。
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