▼54:キング・クリムゾンとベッリーナE

ホルマジオから未だ目を醒まさないトリッシュを引き受けたブチャラティは彼女の身体をボートへ乗せた。
アデレードの手当てをしているジョルノの傍へ行くと、アデレードがプロシュートの腕の中で痛みをたえようと歯を食い縛っている。

「痛いだろうけど、我慢して」

「ん……ッ!い、ッた……ァッ!あ、ジョル、ノ!待って、」

いやいやと首を横に振りながら止めようとするアデレードにその場に居た全員がごくりと唾を飲んだ。
ゴールド・エクスペリエンスが治療するズキュウウウンという音と共に痛みに耐えきれずアデレードは悲鳴をあげる。

「ひッ!」

「アデレードッ!」

「アデレードッ!」

何かに縋ろうと伸ばした手を握ろうとブチャラティとプロシュートが手を差し伸べた。
アデレードが無意識の中で取った手はブチャラティの手だった。

「ん、あッ!──ッ!」

「大丈夫だ、アデレード。」

「……あと少しだ」

「──終わりました。完全に治しましたよ。よく頑張りましたね、アデレード」

ジョルノが治療を終えて声を掛ける。アデレードの左手は完全に再生されたが、治療の痛みと体力を消耗したのかアデレードはがくりとしたまま目を開けなかった。

「……アデレード?……ジョルノ、どういう事だ?」

「……治したんだろうな?」

「見ての通り、完璧に治しました。失った血液も全て戻したし……いずれ目を覚ます筈だ」

ジョルノの治療は完璧だった。アデレードをこのままプロシュートに預けるのも癪だが、今は動かさない方がいいだろう。ブチャラティはアデレードの前髪をそっと撫でてから立ち上がる。

「……どういう事なんだ?ブチャラティ!!説明してもらおう!!何をやってるんだ!?アンタは!!」

ジョルノ以外のアバッキオ、ミスタ、ナランチャ、フーゴが困惑した顔でブチャラティを見つめる。

Capito.(解った)単刀直入に言おう。多くは説明できない。時間がないし危機が迫っているからだ」

暗殺者(ヒットマン)チームのメンバーは揃って彼らのやり取りを黙って聞いていたが、ブチャラティがアデレードの方に目を向けるとプロシュートと目が合い、先を話せと促された。

「トリッシュを連れ帰ったのはたった今オレがボスを裏切ったからだ!お前たちとはここで別れる。これからお前たちがオレと一緒に行動すればお前たちもオレと同じ裏切り者になってしまうからだ」

ブチャラティの話にアバッキオたちは益々困惑する。

「な……なんだって?」

「……」

「よ……よく解らないな。い……今言った事……今何て言ったんです?」

「裏切った……と言ったんだ……ボスを!」

何故、と問いかけるフーゴの質問にブチャラティは首を横に振る。無関係な彼らをこれ以上巻き込みたくはなかった。
それまで黙っていたジョルノが口を開く。

「ぼくは説明すべきだと思う。あなたについてくる者がいるかもしれない」

「ジョルノ!何なんだキサマはァァ!!さっきから命令に背いたり勝手に教会に入ったりよォーッ!」

アバッキオは舌打ちと共にジョルノの襟元を掴んで睨み付ける。
その時、アデレードが目を覚ました。

「……ん、」

「アデレードッ!他に怪我は?」

「……ないわ、プロシュート」

そうアデレードが首を横に振ると、プロシュートは寄せていた眉を僅かに開く。それはブチャラティも同じで、アデレードを見てほっとした表情を浮かべている。

「良かった……ブチャラティ、生きているのね」

「君のお陰だ。アデレード」

完全に治されているブチャラティの姿にアデレードは胸を撫で下ろした。互いに微笑みを交わす。
それを見ていたアバッキオもまたアデレードの無事に溜め息をついてジョルノから手を離した。

「ブチャラティ。詳しい説明を聞きたい!」

アバッキオがそう言うと他のメンバーも頷いて、じっとブチャラティを見た。
それでもまだ口を閉ざすブチャラティにジョルノが仲間は必要だと、説明すべきだと主張する。
アバッキオたちの戸惑いながらもどこか既に覚悟を持った眼差しを受けてブチャラティはトリッシュとアデレードを見て考えた後、頷いた。

「ボスは自らの手で自分の娘を始末する為にオレたちに彼女の護衛をさせた。トリッシュには血の繋がるボスの正体が解るからだ。それを知ってオレは許す事ができなかった。そんな事を見ぬふりして帰ってくる事はできなかった。──だから裏切った!」

ブチャラティの話を黙って食い入るように聞いていたアバッキオたちの顔には先程とは違う動揺と驚きが表れている。
それを聞いていた暗殺者(ヒットマン)チームのメンバーは眉をひそめたり頭をかいたりはするが誰も彼もが“やっぱりか”と言うような諦めを滲ませていた。

「……なんて事を!!」

そう絞り出したフーゴの言葉はどちらの事だろう。
ボスがトリッシュを始末しようとした事か、それを知ったブチャラティが裏切った事か。

「正気か……ブチャラティ」

ミスタがじっとブチャラティを見つめる。
目を見れば気など狂っていない事くらい解っていても聞かずにはいられなかった。
ナランチャは自分の中のヒーローであるブチャラティの行動と話をまだ受け入れられないのか震えている。

「裏切り者がその後どうなるか……知らぬわけではないだろうに。何者だろうとボスは逃がした事はない。いや……既にこのヴェネツィアはボスの親衛隊に囲まれているかも」

アバッキオは言いながら冷静を保とうとしたが、過去に何度となく見てきた裏切り者たちの末路を思い出して額に汗を浮かべる。

「助けが必要だ。共に来る者がいるなら、この階段を降りボートに乗ってくれ」

ブチャラティが埠頭の階段を一段降りて言った。

「但しオレはお前たちについて来いと命令はしない。一緒に来てくれと願う事もしない。オレが勝手にやった事だからな……。だからオレに義理なんぞ感じる必要もない」

あくまで決めるのは本人に委ねると言うブチャラティの言葉をアデレードは聞きながら何と酷な事を言うのだろうと思った。
今まで彼の真っ直ぐな所に惹かれてついて来た者たちに、こんな状況であっても命令も願いもせず義理すら感じるなと言うのは見放されたようなものだ。

「だがひとつだけ偉そうな事を言わせてもらう。オレは正しいと思ったからやったんだ。後悔はない。……こんな世界とは言えオレは自分の信じる道を歩いていたい!」

ブチャラティの言う信念を後ろで聞いていたプロシュートがぽつりと呟いた。

「……汚れた世界を見てきたことと汚れてしまうことは別……だったか?」

それはフィレンツェ行き超特急の中でアデレードがプロシュートに言った言葉だった。
あの時、アデレードはブチャラティの事をそう言ったのだった。
今まさにブチャラティは自分の正義を貫こうとしている。

「……よく覚えているわね」

「お前の事なら何でも覚えているさ」




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