▼52:キング・クリムゾンとベッリーナC
ブチャラティは血塗れになりながらも必死に立ち上がりスティッキィ・フィンガーズで床にジッパーを付けた。
亀になったボスが下水管の中へ落ちて流れていく。
ボスの能力は確かに無敵の能力だが、動きが読めるのは長い時間ではないことに気付いていた。
5秒から10秒程度だろう。今は距離を取らなければならない。
ブチャラティは抉られた傷口から溢れる血を押さえながらトリッシュを担ごうとするが血で滑り崩れたところをアデレードが受け止めた。
トリッシュの身体はアデレードのシャドウ・デイジーの背に乗っている。
「アデレード……」
「……助けるのが遅くなってごめんなさい」
「君こそ手が……」
「あなたよりは動けるわ……。早くここから脱出しましょう」
左手首から血を垂らしながらアデレードがブチャラティに肩を貸し、階段を登っていく。血を流しすぎている二人の足取りは重い。
「裏切り者が二人もいたとはな……」
真上から再びあの不吉な声がした。
「影を操る能力……暗殺者チームにいた女だな?……そうか、ブチャラティチームにいたのだったな。春を売るだけが取り柄かと思っていたぞ」
階段の踊場に足を組んで座るのは紛れもなくボスであり、アデレードを一瞥して嘲笑する。
「そしてもう一人は亀を出現させた能力から考えて、新入りだな?情報では名前は確かジョルノ・ジョバァーナだったか……?二人とも私を裏切っていたと言うわけか?──いや新入りの方は最初から裏切るつもりで我が組織に入団してきたと考える方が自然かな?」
そのボスの言葉に、先程侮辱されても眉ひとつ動かさなかったアデレードだけが驚いた。隣を見ればブチャラティは呼吸を荒く苦しそうにしているだけで驚いてはいない。二人の秘密はこの事だったのかとアデレードは合点がいく。
「う……」
「ブチャラティ……!!」
浅い呼吸を繰り返すブチャラティの身体が傾き、アデレードはグッと足に力を込めて支える。アデレードのワンピースは既にブチャラティの血で汚れていた。血で濡れたフレアがべとりと太腿に張りつく感触に、一秒でも早くここから脱出しなければブチャラティの命が危ないと思った。
「お前、もう動こうとするな……精神力なのか……?お前が動けるのか理解できないがその傷は心臓にまで達している。致命傷なのだ。そのまま休んでいればあの世には楽に逝ける」
ボスが立ち上がり階段を下りてくる。
シャドウ・デイジーの背にブチャラティと共に飛び乗る事も出来るが、きっとまた時を飛ばされてしまう。アデレードはどうすればいいか必死に考える。するとブチャラティの口唇が動いて、アデレードはその動きをじっと見た。
“Lascialo a me.”
「……女。貴様もだ。トリッシュの影に入って潜り込んだのだろうが、影の持ち主に対する影響はそのままお前自身も受けるようだな。影本体から切り離された影ではくっつかんのだろう?身を潜めている間血を流し過ぎたな。立っているのがやっとの筈だ」
ボスが拳を振り上げてトリッシュへ向かってくる。
「まずはトリッシュを始末する!!」
「ジョルノやアデレードがくれたチャンスは無意味ではないッ!!動きを予測するというなら、オレも既に読んでいたぜ!アンタが下水管に落下するより早く能力で脱出するだろう事はなッ!」
ボスはアデレードに肩を借りていたブチャラティの右腕がスティッキィ・フィンガーズで切開されていた事に彼女の姿が影となって気付いていなかった。
「今だッ!スティッキィ・フィンガーズ!!」
ブチャラティに呼ばれた彼のスタンドの拳がボスの背後から飛び出してきて、ボスに強烈な一撃を食らわせた。
虚を突かれたボスだったがすぐさま発動したキング・クリムゾンの中でブチャラティの高い精神力を認めざるを得ない。しかしとどめは刺さねばならない。その為にキング・クリムゾンを解いた。
「スティッキィ・フィンガーズで攻撃しようとしたのはアンタではないッ!」
ブチャラティは叫ぶと彼らの目の前にある切開された柱のジッパーをスティッキィ・フィンガーズが掴む。
「この柱だッ!閉じろジッパーッ!!」
弾かれたようにビィィィィィと言う音と共にブチャラティたちの身体が上昇した。
ジッパーを掴むブチャラティの身体を支えながら下からアデレードがトリッシュと共にシャドウ・デイジーに乗って押し上げている。
閉じるジッパーと影の上を滑るように走る黒豹によってブチャラティたちは既に天井へと辿り着いていた。
「オレたちの未来の動きを読んでみろ……ボス……これから数秒後オレたちがどう行動するか?時間の先を見てみるがいい。既に階段を登っているオレたちが見えるはずだ……」
地下の天井がジッパーで開き、ブチャラティたちは一階へと出る事が出来た。
ブチャラティのスティッキィ・フィンガーズが力尽きたように消え、アデレードのシャドウ・デイジーも影を失って煙のように消える。ブチャラティもアデレードも深手を負っていて床に横たわっているのがやっとだったが、ボスが追って来ない内に誰かを呼んでこの場を離れなければならない。
「アデレード、トリッシュを、」
「……Lo so.」
アデレードは横たわったまま、ワンピースのポケットからコンパクトミラーを取り出した。
「È il tuo turno.」
ミラーを開きながらアデレードがまだ希望を捨てていない声で呼ぶ。
「やっとだな……。マン・イン・ザ・ミラー!オレたち全員が鏡の外へ出ることを許可しろッ!」
コンパクトミラーから聞き慣れた声が聞こえて、光の中から現れた影にアデレードはやっと微笑むことが出来た。
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