▼16:ギアッチョとベッリーナ

アデレードが暗殺者(ヒットマン)チームに行く日、迎えに来る男が気になっていたジョルノとミスタは見送りと称してアデレードの部屋を訪れた。
ボーダーのエプロンを着けて長い銀髪をバレッタで留め、ラフなTシャツとデニムのショートパンツ姿のアデレードが笑顔で二人を出迎える。普段から黒いワンピースを着ているアデレードからは想像が出来ない姿に二人は目をぱちくりとさせた。
くすくすと笑う声は普段と変わらず、アデレードは二人をリビングに通す。ダイニングテーブルの上に置かれたバスケットの中をミスタが覗くとタッパーに詰められた食べ物が入っていた。
部屋に仄かに漂うトマトの匂いの元はこれだ。

「美味そ、」

好物のトリッパを見付けてミスタは思わず呟くと、エプロンを外したアデレードがミスタの隣に立った。ショートパンツからすらりと伸びるアデレードの生足にミスタの目は自然と釘付けになる。

「好きでしょ?」

「おう……」

「ミスタ、どこ見てるの」

「美味そうな脚だなって……」

「触っては駄目」

「いででででででで!」

アデレードが脚をつつつ、と撫でるミスタの手の甲をつねった。
それを見ていたジョルノは呆れながらも同じようにバスケットを覗く。

「トリッパですか?」

「そう。あとミネストローネとペペロンチーノ用のオイルソース」

「全てアデレードが作ったんですか?」

「Si.これだけ持っていけば十分でしょ」

「狡いな。僕らはまだアデレードの手料理を食べたことがないのに」

ジョルノが拗ねた声で言うと、アデレードは眉を下げて笑った。

「今度作ってあげるわ、いつでも」

「約束ですよ」

頷いたアデレードはバスケットから取り出したチョコレートをぱきりと割って、その一欠片をジョルノの口へ差し出す。
ジョルノは少し迷ってから、アデレードの指からチョコレートを食べる。

「本当にジョルノは甘えん坊ね」

「そんなこと言うのアデレードくらいですよ」

照れ臭そうにジョルノが顔を背けた。
ミスタが「俺にもくれ!」と口を開けたので、アデレードは同じようにチョコレートをミスタの口にも入れてあげると、一緒に指まで舐められた。ミスタが黒い瞳を細めて笑う。

「ん、甘ェ」

「いたずらばかりしてると残りのトリッパはセックス・ピストルズにあげちゃうわよ」

アデレードがバスケットには入れずに置いておいたタッパーを見せながら言うと、名前を呼ばれたセックス・ピストルズが一斉に出て来た。アデレードの周りでじゃれついたりタッパーの蓋を開けようとしたり一気に賑やかになる。

「おいおいおい!お前たち〜!それは俺のトリッパだぜ!?アデレードも俺の好物なの知ってるだろーがッ!」

「知ってるわよ。ねぇ、ジョルノも食べてね」

「Grazie.」

「俺のだっつーのッ!」

わいわいと騒ぐ中、アデレードの携帯が鳴った。電話に出たアデレードがリビングから少し離れて相手と話す。

Pront(もしもし)?」

『もしもし〜ッ!?もうすぐ着くからよォ〜ッ!』

懐かしい声にアデレードは自然と笑顔になった。
その様子を見ていたジョルノとミスタが察して互いに目配せする。

「もう着くんですか?」

「ええ。下で待ってるわ」

「荷物、持っていってやるよ」

「Grazie,ミスタ」

バスケットを持ったミスタに代わって、残ったトリッパの入ったバッグはジョルノが持つ。
玄関の鏡の前でアデレードはバレッタを外して髪を手で整えてからサングラスをかけて部屋を出た。
アパートの前に出たところで一台の赤いロードスターが目の前で停まり、運転席から降りてきた男にアデレードは近寄って頬を合わせてバーチをする。

「Ciao,ギアッチョ」

「よォ、アデレード」

ギアッチョがアデレードの肩越しに睨むジョルノとミスタに気付いて、微かに緩んでいた眉間にぐっと皺が寄った。

「なんだァ?こいつら、お前の今のチームメイトかァ?」

「そうよ。可愛いでしょ」

「可愛いってよォ……」

「安心して。ギアッチョも相変わらず可愛いわ」

「嬉しくねーよッ!クソッ!クソッ!早く乗れよなーッ!」

キレながらも助手席のドアを開けるギアッチョに、アデレードは笑いながら車に乗る。

「このバスケットよ、アデレードが持つのか?狭くね?」

「貸せ。トランクに入れる」

ミスタとギアッチョがトランクに回ると、ジョルノが身を屈めてアデレードの耳元で囁いた。

「アデレード、必ず僕たちのところへ帰って来てくださいね」

「……僕、じゃあなくて?」

「本当はそう言いたいですけど、アデレードが困るでしょう?」

「優しいジョルノ。えぇ、約束する。きっと帰ってくるわ」

「いってらっしゃい、アデレード」

そう言ってジョルノはアデレードの頬にバーチではないキスをすると、ミスタが戻ってくる気配にサッと助手席のドアを閉めた。

「アデレード、何かあったらすぐに帰ってこいよ」

「気をつけて」

「Grazie,いってくるわ」

「出すぜ」

アデレードがひらひらと手を振り、ジョルノとミスタも振り返す。
ロードスターがアデレードの銀髪をなびかせて発進すると、あっという間に二人の姿はもう見えなくなった。

「この車に乗るの久しぶり」

「半年くらいぶりか?」

「もしかしたら一年ぶりかも。ギアッチョ、中々乗せてくれなかったじゃない」

「隣にアデレード乗せてると飛ばせねぇからな」

「優しいのね。恋人にもそうなの?」

「……俺は助手席にアデレード以外の女は乗せねぇ」

「ならもっと乗せてくれても良かったじゃないの」

ギアッチョの舌打ちは赤信号で停まったことだけのせいじゃないだろう。アデレードの奔放さに惹かれながらも、素直になれない性格が邪魔をしてギアッチョはいつも振り回されていたことを思い出していた。

「……この染み、まだ残ってるのね……」

ふとアデレードがシートに付着している茶色の染みを指で撫でた。
それはアデレードがプロシュートに出会った夜、この車に乗った時に付いた血痕だった。

「初対面であんなに怒っていたのに、シート張り替えなかったのね」

「……それしか残ってねぇんだよ」

「ん?」

「お前があそこにいた証拠ッつーか証みてぇなもんがよォ。出ていく時、アデレードは全部処分しちまったからな」

ギアッチョのこういう感傷的な部分は滅多に見ない。
血痕を撫でていたアデレードの指をギアッチョが握る。

「同じ色だな」

そう指摘されたのがネイルと彼の髪の毛の色の事だと気付いた時には、ギアッチョの顔は鼻先が触れあうほどの近さに迫っていた。
かちゃ、と眼鏡同士が当たり、至近距離でアデレードとギアッチョは見つめあう。アデレードもサングラスをかけていたのでそれがギアッチョの赤い眼鏡にぶつかったのだ。
どちらともなくフッと笑う。

「クククッ!決まらねぇな!」

「うふふ!惜しかったわね」

信号が青に変わり、赤いロードスターは笑い声を乗せてアジトへ向けて走り出した。




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