さみしいよ | ナノ




さみしいよ
「毎日毎日、一人で寂しくねえのかよ。」
がらんとした織姫の室内を見渡して、神妙な面持ちで尋ねた。
恋次も同じく一人暮らしではあるが、織姫の部屋から漂うのは己のとはまた違った寂しさ。何かがそう感じさせる。
ああ、失敗した。恋次は眉を静かに眉を顰める。このような問いかけでは、弱さを見せない彼女がどのような返答をするかなど明白なものだからだ。
視線を口元に下げて、分かり切った答えを昊の遺影を見つめながら聴いた。
「寂しくないよ。ほんとだよ!」
ほうら、矢張り。

恋次よりも幾つと言わず年下の織姫は、恋次の問いかけに一瞬だけ押し黙って、笑顔を浮かべると楽しげに紡いだ。
強がっていることなど、不自然過ぎる笑顔から感じ取れて、恋次の胸はきゅうっと締め付けられた。可笑しな話なのだが、織姫が笑う度に心が苦しくなる。


織姫くらいの年齢ならば、家族との触れ合いが恋しいものだろう。当の昔に、家族などの暖かさを置いてきてしまった恋次でもその心を理解できた。
心から笑っていないことなど、分かっていた。

どうすれば、織姫の心の隙間を埋められるのだろうか?
それは、常日頃から恋次の頭の中にあること。
難しいことは思いつかなかった。現世とは違う、尸魂界に暮らす恋次に出来ることは限られているから。



執務も終わって、己の部屋に戻ると8時を回っていた。久方ぶりに白哉に厳しく稽古をつけられた。
己の部屋に帰るとぐったりとした表情で畳に倒れこんで天井をぐるりと見回す。目を閉じて眼球を動かすごとに一日の出来事が瞼を駆け巡る。
疲れたなんて感情は二の次で、脳裏にちらつくのは織姫の顔。

逢いたい。

「おし!行ってくるか。」
約束しているわけではないが、織姫のアパートに行くことが日課となっていた。
どこから体力がわいてくるのかは分からないが、身体を起こすと現世へと急いだ。

織姫のアパートまでたどり着くと、窓をトントンと軽くノックをして開けてくれの合図。
現世の夜は意外と寒くて、お土産のほかほかの鯛焼きを抱きしめて、織姫が出てくるまではあっと両手に息を吹きかける。

ノック音に気付いた織姫は、立ち上がって窓へと急いだ。窓を開けて、恋次と対面するとご主人様に漸く会えた子犬ちゃんの様に駆け寄る。
「今日は、ちょっと遅かったねぇ。」
窓が開くなり我が物顔で室内に足を踏み入れると、ぶっきらぼうに鯛焼きの入った紙袋を織姫の両手に押し付けた。
「暖かい!良いにおいする。いつも差し入れありがと。」
ほやっとした笑顔に絆されつつも、動じてない振りして顔を背けた。紡ぐ言葉も愛想のかけらもない。
「俺が食いたかっただけだ。」
「うん、お茶淹れるね!」
不器用な仕草と言葉から感じる恋次の優しさに、織姫は口端を緩めた。背を見送って紅髪の男が辿り着いたのはベッドの上。
嫁入り前の女子のベッドに堂々と座って、亭主関白さながらに茶を注ぐ織姫を両腕を組んで眺めた。




「はい、どーぞ。今日も遊びに来てくれてありがとう。」
子犬の可愛らしい絵柄つきの湯飲みを恋次に差し出して、にっこり笑う。
「オマエのためじゃねえよ。暇だから、遊びに来てるだけだからな!」
反射的に出てきた言葉が余りに冷たく感じて瞳を伏せた。やっちまったとバツの悪そうな表情を浮かべて。
「うん。うん、それでもね、いつも嬉しいよ。」
「メーワクになってねえなら…。」
普段の感謝の気持ちを早く伝えなければと織姫は恋次が紡ぎかけた言葉を遮った。
「なってないよ!ありがとう。いつでも遊びに来て、欲しいな。」
顔色を窺いつつ遠慮がちに紡いだ。覗く織姫の表情が、なんだか切なく感じる。
「明日も遊びに来るから、男と夜遊びするんじゃねえぞ。」
「生憎、あたしにそんな人はいませんよーだ。」
「ならいいけど、って別に変な意味じゃねえよ。甘党仲間がいなくなっちまったら困るからな!」
男の影がないと安堵すると同時に零れた言葉を振り払って、訳の分からぬ言い訳を作る。
「恋次くんが来てくれないと、さみしいよ。」
そんな恋次に肩を揺らして笑っていた織姫は、か細い声で本音を呟いた。笑顔に似つかわしくない声音を紡ぐ織姫を抱きしめたくて仕方ない衝動に駆られた。
このまま衝動に呑まれてしまおうと手を伸ばしかけたその瞬間、絡みつくのは織姫の腕で。
「ねえねえ、恋次くん。どうせなら。一緒に暮らしちゃいましょうか。」
冗談混じりに笑う織姫に、恋次は至って真面目で真剣な表情と声音で返した。
「……、オマエがいいっつうなら、喜んで。」
同情だとか、そんな生ぬるいものではない。

寂しさの隙間を埋められるなら、いつでも。









2011/11/15