ブリザド! 好きな女を独り占めするには? ナインは、真っ新なノートにシャーペンでぐりぐりと円を描きながら頭を悩ませていた。 エミナを独り占めするにはどうすればよいのだろうか。何日も前から考えているのだが、いいアイデアが思い浮かばない。 昨日と合算して100以上零したため息は恋煩いによるものだと胸を張って言える。 「昨日から悩んでいるねぇ。ねえ、どうしたの?」 「アァン?関係ねぇよ。ほっとけ、コラ!」 立膝をつくナインに、興味津々といった様子でシンクは近づく。面白いことが大好きな天然少女を見上げて、ナインは片手で払いのけるような仕草を取って素っ気なく答えた。 「なになに、気になる〜。お悩みだったら、シンクちゃんにお任せあれ!協力できることあるならするよ!」 冷たく突き放したのに、全くめげていない。寧ろ、表情は楽しげだった。関係ないと再度突き放そうとしたナインだったが、ふとあることを思い出した。 そういえば、シンクはド天然で不思議なことを言う女であるが、人の斜め上のアイデアが思い浮かぶ女でもあった。その才能は他を秀でている。 この前の超難関の魔法数式だって、シンクただ一人が全く違った数式を使って解いていた。ほぼ何でも完璧にこなせるエースだって、クイーンだって、解けなかった問題を易々と解いてしまったのだ。 これには、クラサメも驚いて珍しく褒めていた。 そうだ、シンクなら素晴らしい助言をくれるかもしれない。ナインは期待に胸を膨らませた。 「おい、シンクちょっと耳を貸せ!」 「はいはーい、ん?んんっ、なぁるほど、恋のお悩みね。シンクちゃんに任せて!」 耳に手を当てて、こくこくと頷きつつ切ないナインの胸中に聞き入った。 「どうすりゃいいと思う?」 ナインは未だかつてない程に真剣な表情をしていた。シンクは両腕を組んで、片足を床に何度か打ち付けて身体を左右に揺らして考える。 「うん、この作戦でいこっか。ナイン、おいで。」 両腕を解くとナインの眼前でパンッと掌を重ねた。ここじゃなんだからとナインの腕を掴んで裏庭へと向かう。 「ど、どんな作戦だ、コラ!」 ナインから数十メートルほど離れると、すうっと息を吸う。 「だぁいじょうぶだよ!男は黙って受け止める。これ、鉄則!よおし、いっくよー。」 せめて作戦名だけでも教えてくれというナインの言葉はシンクには届いていない。 ぶつぶつと目を閉じて魔法の詠唱が始まった。辺りが静まり返ってひんやりとした空間が作られるのを感じる。 これは、まさか。いや、そんなまさか。これからシンクが行う行動がナインは信じられなかった。 「ブリザド!」 絶対零度の空間に包まれた。効果が薄いと判断したのか、シンクは二、三回連発する。 やっぱりと思った後のナインの記憶はなかった。 我ながら巧く詠唱できたと自分を褒めつつ、ゆっくりと目を開ける。氷漬けになるナインを見て、ここまでやるつもりはなかったとシンクは引き攣った笑いを浮かべる。 「ナイン、大丈夫だよね。ちょっと待ってねー。すぐ溶かすよん。」 愛用しているメイスで氷を叩き割ろうと試みるもびくともしない。 ちょっとやばいかもーなんて軽く考えて、目を閉じると魔法の詠唱に集中した。 「ファイア!」 ファイアを取りあえず、間髪入れずに三回。氷は溶けたものの、ナインの状態は凄まじく悪かった。 「やっばーい。」 轟音響く裏庭にクラサメが駆けつけて、回復魔法によって何とか一命を取り留めた。シンクはこっぴどく叱られた。 本来の作戦内容はこうであった。 ナインの案としては、風邪でもひいて看病してもらったら独り占めできるんじゃないか?が、風邪でも引くというのがポイントだ。 ナインは産まれてこの方風邪などひいたことがなかった。なんとかは風邪ひかないというのに当てはまっているのかもしれない。けれど、風邪を引けないから一旦取りやめ。 と、そこで風邪引けないなら引いちゃえばいいじゃんってのがシンクの案。 ブリザドでちょっと氷漬けになったら、風邪引いちゃうんじゃないのというざっくりとした提案だった。軽い気持ちでやったことなのだが、大事となってしまった。 「ゴホッ、やべえ、頭いてぇ。」 手に負えないとアレシアの元へ。そして、アレシアの手によって回復へと導かれた。しかし、寒さと熱さと痛みが同時にやってくる。ベッドの中で額に手を当てて唸っていた。 「大丈夫〜?じゃ、ないネ。どうしたの。男の子なら、痛いの痛いのとんでいけーだよ。」 「エ、エミ……なんで、アンタがッ!」 がばっと起き上がるも、またベッドへと倒れこんだ。 普段なら、ドクターアレシアの治療室に零組以外の人間が入ることが許されなかった。 何故許されたのかというと、反省中のシンクが気を利かせてアレシアに頼み込んだのだ。幾らシンクの頼みでも、部外者を入れることは許さないと断られた。 それでも、食い下がって零組の生徒を引きつれてアレシアにお願いした。 「またダメっていったら、マザーの事嫌いになっちゃうかも!」 零組の子供たち全員に縋るように見つめられた。そんなことを言われたら、アレシアも拒絶は出来ずに渋々首を縦に振った。 シンクなりのお詫びでもあった。元気になったらしっかり謝ろうとも思う。 夢でも見ているのかと、ナインは気怠い手を下して目を擦る。 「心配で、看病したくなってきちゃった。迷惑だったかな?」 ナインの額に手を当てたエミナは顔を覗き込んで心配そうに見つめる。 「そ、そんな事ねぇぞ、コラァ!夢だったら、許さねーかんな、コラ!」 「元気になるまで、傍にいるからネ。」 怪我の功名とでも言うべきか。何はともあれエミナを独り占めすることが出来た。 シンクにはずたぼろにされてはしまったが、終わりよければすべてよし。 心の底から感謝した。 ++おまけ++ シンクの書いた反省文には、『ごめんなさい。とっても反省してます。ナインの恋がうまくいきますよーに!』と書かれて、全く似てないがナインであろう少年と、髪型だけそっくりなエミナと思われるイラスト、更にご丁寧にモーグリとトンベリのイラストまで書いてくれていた。 「にぎやかな反省文だ、だが、全く反省していないな。」 「もぐりーん、シンクちゃんってば恋のキューピットになっちゃったかも〜!」 るんるん気分でモーグリに話しかけていたが、クラサメにまたお説教を喰らった。 - - - - - - - - - - 2011/12/09 |