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『可愛いよなー、彼氏いねーのかな。』
学年が上がって、織姫は頗る成長した。幼さ残しつつも愛らしい顔つきに、その顔からは想像できないほどのカラダ。夢中になる男子は後をたたなかった。
橙の少年もそのうちの一人。そして、彼女の恋人でもある。


『そんな噂聞かないから、いないんじゃないのか?』
『だったら、おれ、頑張ろうかな!』

一護の目の前を歩く少年達の会話が聞こえるときっと表情を変えた。

『井上は、俺のだっての。』
声を大にして言いたいがぐっと堪えた。噂をしていると胡桃色の柔らかい髪を揺らして、一護に会釈をする少女が一人。
男子生徒の視線を浴びつつ、織姫は未だぎこちない様子で一護へ近づいて行った。

「くろ、黒崎くん、おはよーゴザイマス!」
恋人同士だというのにぎこちないのだ。付き合う前よりも遥かにぎこちない。
「おう、おはっ……。」
おはようという前に一護の前から姿を消した。ここ何日はまともな会話をしていない気がした。
「またかよ。すげえ、欲求フマン。」
俗にいう恋人同士とは、もっといちゃついていたりするはず。仲間から一段繰り上がって、甘い蜜ごと紡いで、じゃれあったりするのでは。
しかし、織姫との交際は思っているものと180度ほど異なっていた。
会話もないと流石にフラストレーションは溜まってしまう。

気付けば一護の視線は織姫を追っていた。授業中も、今日は一緒に帰れるのだろうかとか、少しくらいは話せるのだろうかとか、ペンを回しつつぼんやりと考えていた。

「井上…。」
放課後、一緒に帰ろうと声をかけようとしたが一瞬視線が絡み合ったかと思えば、思い切り逸らされた。そして、近づいたら逃げられた。

こんなにも想っているのに、近づこうとすればするほど離れていく気がする。
付き合って数日で飽きられたのだろうか?と後ろ向きな考えされ湧いてしまうほど。

逃げられたら追う。反射的に一護は早歩きで織姫を追っていた。


廊下の死角に隠れようとした織姫の細い腕の掴んで、それだけでは逃げられると感じたのか後ろからぎゅうっと腹部に手を回して抱きしめた。
「な、なんでしょうか!」
一護のぬくもりに触れて、心地いい声を間近に聞いて気恥ずかしさに小さく震えたその姿はまるで小動物。
「井上が避けるからだろ。」
頬を真っ赤にして照れている様子が可愛くて抱きしめる腕に力を込めた。
「違うの。」
腹部にある一護の腕に手を置いて、ぶんぶんと左右に激しく首を振って否定した。
「違うの、あのね。く、くろさきくんと付き合ってるんだーと思うと恥ずかしくて、嬉しくて、目を見れないといいますか!」
織姫は声を上擦らせて一生懸命紡ぐ。緊張のあまり一護の腕の中でピンっと背筋を伸ばした。
近すぎる一護との距離と、自身の発言に混乱しつつ俯いて一護の制服の袖を掴んだ。

「それが話してくれねえ理由デスカ?」
「うん、ホントにそれだけなの。お話ししたいけど、恥ずかしくてうまくできないよぅ。どうしたらいいかな?」
袖を掴む仕草や、可愛らしいトーンで紡ぐ言葉に一護は胸きゅんぎみ。
「分かんねえよ。井上って、全体的にかわいいな。」
問いかけへの返答を放棄して抱きしめる腕を強めた。
「かわっ!かわいくないよ!やめて、そんなこと言わないで。ますます黒崎くんと目を合わせられなくなる!逃げ出したくなるよー。」
「いいよ。逃げらんねえように、離れらんねえようにこうやって抱きしめとくから。」
「付き合うようになって大胆になった!」
どこか艶のある声と、普段の一護からは考えられない一護の言葉に腕の中で小さく声を震わせていた。
「こんくらいしねえと井上に近づけねえ。」

こんなにも夢中になってしまうのは、後にも先にも織姫だけなのだろうと抱きしめるぬくもりの隙間でぼんやりと思った。

逃げられないのも、離れられないのも自分の方なのだと強く思った。






2011/11/06