アイアム、クレイジィB | ナノ




アイアム、クレイジィ
あんなことを言って出て行ったジュリーだが、行きついたのは女の元ではなくていきつけのパチンコ屋だった。
耳障りな店内の音が、荒んだ心を紛らわしてくれる。それだけが救いで台の前に座った。



「だっせ。負けてやがんの。」
けったくそ悪そうな表情をして、パチンコ屋を出て行った。何回か遊んだ女の顔は思い浮かぶが、名前は分からない。
携帯片手に誰かの部屋に泊めてもらうべくアドレス帳を眺めるが、今度は名前はあっても顔が一致しない。
とりあえず、アーデルを飛ばして、あ行で目に入ったあゆみという女に電話をかけてみた。
「あっ、あゆみちゃーん、コンバンハァ。オレ、ジュリーちゃん覚えてる?そうそう、ほらほら昨日遊んだって、あ?違う?オマエじゃなかったか?」
眉を寄せて、表情を変える。謝罪も聞いてもらえずに最低と怒鳴られて電話を切られてしまった。

最低。ごもっとも。違う名前を検索してみたが女に甘い嘘など紡げるわけもないとポケットに突っ込んだ。

「しゃーねー。帰るか。」
思い浮かぶのは、アーデルハイトの顔で、皆がいる暖かな民宿。戻る場所は矢張り、いつだったファミリーの元なのだと思い知らされる。
帽子を深く被って、コンビニに寄って民宿へと足取り重く戻った。

「タバコくせぇ。」
ベッドに沈んで目を瞑ると、パチンコ屋に長くいたせいか服に煙草の匂いが染みついているのが分かる。女か、煙草の匂いしかしない己の身体に自嘲した。
やり場のない想いに苛立っていたが、ふかふかの太陽の匂いのするシーツに顔を埋めたジュリーは緩やかに眠りへと誘われた。
柔らかくて、とても心地のいい匂いと感触。全てが懐かしい。


胸板に当たるのは柔らかい感触。
「ッ?アーデル、アーデル。」
想い過ぎて夢の中まで出てきたのだろうか。もう何でもよかった。一時でも、この腕に抱けるのならば。
意地を張る必要が無い夢の中ならば、優しい声音で名を紡げる。
愛しげに名を呼んで、包むように抱きしめた。このリアルな感触に眉を寄せてうっすらと目を開けると、誰か乗っていた。

「?!アーデル、っ――ッ!」
夢ではない感触に目を見開くと、ぼんやりとアーデルハイトが見えた。頬に当たるアーデルの髪がくすぐったくて目を細める。

刹那、下唇を吸われた。荒々しいアーデルハイトの口づけは、決してお上手と言えるものでは無く気持ちがいい訳でもなかった。
アーデルハイトの下の歯がジュリーの前歯に勢いよく当たる。じんっとした痛みがお互いに走った。

「ッ、ヘタクソ。そんなじゃ気持ちよくねぇ。」
慣れていないその口づけがジュリーを煽る。
へたくそと言われてアーデルハイトもしゅんっとなって俯く。

「私、ジュリー以外としたことないもの!」
口づけは、随分と前に一度だけした。泣いているアーデルハイトを慰めて、重ねるだけの優しいキス。あれ以来、キスはおろかまともに触れ合ったことすら――。
「ふーん。えっろいカラダしてんのに、一途で純粋なのかよ。」
「……そうよ。ずっと、ジュリーだけを想っているの。炎真とのことを勘違いしているようだけれどあの子とは……。」
心の奥から引きずり出すアーデルハイトの言葉が胸に突き刺さる。炎真の名前がその唇から紡がれるだけでこんなに深いなんて重症だとも思う。

その唇に吸い付いて、激しい口づけを交わしたいジュリーだったが親指で唇を象るだけにとどめた。

「そんなにオレのこと好きなワケ?」
夜這いされるなんて思ってもみなかった。嗾けた言葉がこんな形で帰ってくるなんて思ってもみなかった。
「そうよ……。悪い?冷たくされても私はジュリーがいいの。か、カラダならあげるわ。」
そういう声は僅かながら恐怖を感じているのだろう、声が震えていた。
アーデルハイトらしからぬ発言に、驚いてふっと笑いが出てしまった。

ジュリーは、オレがいうのもなんだけど、アーデルちゃんやっぱりオカシイと、そう思った。

アーデルハイトの真っ直ぐな瞳に映る己が浅ましく感じた。

「どこにもいかないで。」
弱弱しくジュリーの首に手を回して、首筋に頬を寄せた。

純粋すぎて、汚せない。けど、ぐっちゃぐちゃにして己の味だけ覚えさせたい。


欲求のまま身勝手に女を抱いているように、ぐっちゃぐちゃにして己の味だけ覚えさせたい。


こんなにも欲しかったのに、汚せそうにないと、腕の中のアーデルハイトを見つめた。

「オレ達、オカシイな。」
アーデルハイトに植え付けた間違った愛の芽は、彼女の中で飽くなき執着として育っていった。

歪んだまま形成された愛。そう呼べるかは定かではないけれど。






2011/12/09