アイアム、クレイジィ(ジュリサイド) | ナノ

アイアム、クレイジィ(ジュリサイド)




「ジュリーは、どうして、そんなに冷たい目で私を見るの?」



三年たった。あの頃から変わったことの方が多くて、ジュリーの気持ちは未だ追いついていない。

変わらないのは、並盛民宿でファミリーとの共同生活。

変わったのは、シモンファミリーのボスでもある古里炎真。ジュリーより小さかった身体は、逞しくなって、すっかり大人の男になった。
笑顔は無邪気なままで、心と身体だけ、一回りも二回りも大きくなった。

アーデルハイトも、だ。凛とした表情は変わらず、随分と女らしくなって独特の色香を放つ。

下世話な言い方をすれば、エロくてイイ女。

囚われたのは、ジュリーだけではない。

そして、もう一つ。炎真とアーデルハイトの関係だ。信頼関係で結ばれたボスと右腕というべきか、姉弟、いや、どこか恋人同士に近いものを感じる。
なんて、思い込み過ぎかもしれないが、ジュリーにとってはそれはそれは面白くないことだった。
ずっとずっと小さな頃から、アーデルハイトの隣にいたのは己だけだと思っていたのに。この先も変わることは無いと思っていたのに。
この感情は、嫉妬だとか、そんなものでは表せない。
縮まっていく二人の距離を間近で見ていたくなかった。変わっていくのが、怖かった。

燻る熱を追い出したかっただけなのに。
追い出すどころか熱は、彼女を求めてたぎるばかりだ。

「ジュリー、やっと帰ってきた!アーデルが毎日心配してるよ?アーデルを!」
「呼ばなくていい。………暫く寝てるから、起こすんじゃねぇぞ。」
朝帰り。
これでもマシな方なのだ。ひどい時は、一ヶ月ほど家を空けたまま戻ってこない時もある。
炎真の笑顔と、覗く朝陽が酷く眩しく感じて、その鬱陶しさに目を細めた。


朝から夕方までぐっすり眠って、携帯の着信音に起こされた。寝すぎて痛い頭に、昨晩の女の香水が絡む。
こんなに嫌なにおいだったか?下品なニオイが体中に纏わりついている。女への嫌悪と交わる己への嫌悪に、思い切り眉を寄せた。

後悔なんて無いはずだが、とんだ大ばか者だと思う。あまりのばかばかしさに笑ってしまう。
「ジュリー?」
「………。」
「いたら返事して、声が聴きたい。」
掠れた声で、届く声音に思わず起き上がって扉の前まで歩いた。
「…………。」
扉が開くと、現れたのは髪を下したアーデルハイト。ジュリーを纏う、女物の香水に眉を寄せた。
嫌悪か、軽蔑か。どちらを映しているのかは、よくわからない。しかし、ジュリーにとってそんなものはどうでも良かった。

「なんだ?用件だけ言ってくれ。」
真っ直ぐな彼女の視線に、彼は気怠い声音と共に返す。
「いつも、いつもいつも、どこで何してるの?」
「お前にいう必要はねぇよ。」
「っ!有るわ!」
「どうして。」
「どうしてでも、私には言ってほしいの。」
「勘違いしてねぇか?オレの女でもねーのに。」
「………。」
「どうして?昔はそんなじゃなかったのに。」
「昔、ね。昔はどんなだった?」
「もっと、優しくて…。いつも私の隣にいてくれた。」
「あんま覚えてねーなー。」
「支えてくれてじゃない!なのに、どうして今は…そんなに…。」
「さあ、……お前に……。人は変わるんだ。良くも、悪くもな。」
わざとらしくらいに深いため息をつく。
寂しそうで、憂いを帯びた表情が胸に突き刺さるが、今は抱きしめてやることなんて到底できないし、したくもない。

つーか、オレちん、そんなに甘くもねーし。

押し黙ったままだが、何か言いたげな視線を向けるアーデルハイトを無視した。

ジュリー、行かないで。」
艶やかな唇がゆっくりと動いて、ジュリーを想い、その名を紡ぐ。声が震えていた。
気の強かった瞳はしゅんとなって、今にも泣きだしてしまいそう。一瞥はするものの、それはそれはあっさりと突き放す。

「ジュリ…ッ…。」
アーデルってこんなに脆かったか?そうさせたのがオレなら、ヤバいくらいにソソるんだけど。
寧ろ、今の状況が、既にそそる。

いいね、弱弱しいその表情。もっと、もっとって崩してやりたくなる。

泣けよ、怒れよ、ついでに喚いてみれば。オレのために。オレだけのために。

「お前がヤラせてくれるんなら、朝までいてもいーけどォ。どォーする?」
唇を釣り上げて、心無い汚い言葉と冷たい視線を送る。

我ながら嫌な男だと思う。いいよ、嫌な男で結構。しかし、目を見て言えなかったのでマイナス10点。
「………!!」
ジュリーの辛辣な言葉に唇を強く噛み締めて、ぎゅっと拳を作った。
「じゃあな。アーデルハイト。可愛い可愛い炎真のとこにでもいっとけ。」

帰ってきたら、さっきみたいに、お熱くお出迎えしてくれんだろ?

この状況に、悦んでるオレもオカシイけど、どんなに冷たく突き放されても、素直にオレの帰りを待ってるアーデルも相当オカシイよ?




忘れられなくなった?忘れさせねーから。









優しく微笑みかけるよりも、冷たく笑いかけた方が深く強く、アーデルハイトの心に残るだろ?


2011/10/20