意外と、純情(ナイン×エミナ) | ナノ




意外と、純情(ナイン×エミナ)

ノック二回半。
これといった進展をしたわけでは無いのだが、ナインはいつのまにかエミナの部屋に入れるようになった。
ナインは、お気に入りのアンティーク調の椅子の背もたれを抱きしめて、エミナの動き一つ一つを見つめていた。
わざとか、はたまたこれが普通なのかは分からないが指先の動きやらがしっとりとしていて艶っぽい。
その仕草を見るのが好きだった。

他愛もない会話を交わして、早数時間。
「戻らないと、だぁいすきなマザーが心配しちゃうよ?」
時計を見上げたエミナが、ナインの崇拝する人物の名を出して家路へ戻るようにと急かした。

「エミナせんせぇと、まだ一緒にいてぇぞ、コラ!」
気恥ずかしいながらも本能任せに言い放つナインを見て、エミナは余裕の笑みを浮かべた。
そして、いつものようにルージュに濡れた唇を艶やかに動かして諭した。
「うれしいな。けど、良い子はご飯食べて寝る時間なんだよ」
「……うっせー、ガキ扱いすんな」
『良い子』と言われてしまえば、分かりやすい位にむすっと拗ねた。稚児をあやす様なこの物言いが気に入らなかった。
年上だと壁をつくられるような物言いに不服そうに眉を寄せた。

「怒っちゃった?ごめんね。でもね、帰らないと皆心配しちゃうのよ」
ナインの眉間の皺を桃色のネイルの施された指先でそこを解すように上下に振れて、甘い声で言う。
(仕方ねぇな。せんせぇがそういうなら帰ってやるよ)
眉を寄せたままのナインが、そう言ってくれるとばかりエミナは思っていた。
細い指先は、いつの間にやらナインの唇に。紅い舌が薄桃の上を這うとエミナはピクリと震えた。
余裕の笑みがいつしか崩れて、口端がぎこちなく上がる。ナインの瞳が見られずに、エミナは瞬時に視線を外した。
「あ、照れただろ」
視線の動きを見逃さずに、すかさず一言。
「照れてません」
ちゅっと音を立てて薬指の付け根部分をねっとりと舐めあげた。雄の視線を感じると、エミナもふしだらな気持ちになりそうなのを唇を噛んで抑える。
様々な男性に食事に誘われたりもしていて、慣れているはずなのに、こうもストレートに強く気持ちをぶつけてくる男性はエミナにとっては初めてだった。
だからこそ、他愛もない戯れにときめき惑う。
「うそつけ。エミナせんせぇって、押しに弱いだろ。……弱点、見ィつけた」
ナインの野生の勘に、エミナはぎくりと肩を揺らした。
戸惑いばかり与えられていたナインだが、エミナの仕草を見て意地悪く口端を釣り上げた。
その声音が、エミナにとっては酷く色っぽく感じて、荒々しい少年とは異なる魅力を見せつけられたエミナは熱くなる己を、ナインの唇から引き離して手を胸元に引き寄せた。
「つーかよ、実際、安心しきってるけど、本当は危ないぜ?」
椅子から立ち上がったナインは、エミナの前に立って顎のラインを指先でなぞった。

「キミは大丈夫だもン」
ぎこちない笑みを改めて精一杯余裕ぶった笑みを浮かべて、震える指先を後ろ手に隠した。
「大丈夫じゃねぇだろ、指舐められただけで震えたくせによ。もっとすげぇことしてやんぞ、コラァ」
ナインの洞察力に驚きつつも、違うと何度も言い聞かせる様に首を振った。

距離を置いて見るよりも、至近距離で見るエミナはナインには、小さく映った。
抱きしめるのも、容易いのだろうと、そう思った。

「出来るものなら、やってみてだよ、こら」
年下の可愛い男の子に翻弄されてなるものかと、胸中見えない様に、細かく高鳴る鼓動を振り切って強がった。
「わーった。我慢してやんねぇ。エッロいことばっかしてやっからな」
そんなエミナを見て、どこか楽しくなったナインは、売り言葉に買い言葉で返す。
顎を掴んで、一度見つめてから、エミナの唇に馴染む薄桃を一瞥。
ゆるりと近づいてくる唇を、エミナは静止することが出来なかった。
すっかりナインのペースに乗せられていた。キスを知らない子供の様に、きつく目を閉じた。
「……」
ナインも、エミナの意外な反応に固まってしまった。
大人の女とばかり思っていたのだが、こんな初々しい表情もするのかと知れば容易く唇を奪うのも勿体ない。
しかし、欲望のままに唇は近づいていく。


触れ合ったのは、唇ではなくて吐息だけだった。
「……ばーか。俺の事、好きにさせてからエロいことするっつーんだよ」
ふんっと鼻を鳴らして、顔を背ける。格好何てつけずにそのままキスしておけばよかったと、後悔先に立たず。
ナインは、金糸の髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「悪い子ね」
安堵よりも、期待外れのため息に一番驚いていたのはエミナ自身だった。
「良い子じゃものたんねぇだろ。キス、したがよかったか?」
「もう、あんまり言うと怒っちゃうからネ!」
きゅっと拳を握って言うエミナの表情に、ナインは笑った。

「おもしれー。今日のエミナせんせぇ、いつもと違うぞ、オイ」
ナインは、一つだけ気づいた。
艶めかしい肢体とは180度違って、心は意外と純情なのだと。


訝しげな彼女を後目に、そのギャップがまた堪らないと心の中で呟いた。






2012/05/27