傍にいるよ(ジャック+ナイン) | ナノ




傍にいるよ(ジャック×クイーン+ナイン)



「ナイン、課題はやってきたのですか?」
授業の始まる数分前の事だった。艶やかな黒髪をなびかせてクイーンは、欠伸を繰り返すナインの元へ向かうと指先で眼鏡を上げて問いかけた。
その表情は、委員長そのもの。
「んあ?あー、昨日の夜、しっかりやって来たぜ、コラァ!」
気の抜けた声を上げて睨みつけた後に、にやりと口端を釣り上げるナインの表情はどこか誇らしげだった。
ぼろぼろのプリントをクイーンの目の前に叩きつけると、得意げに腕を組む。
「あ、あのナインがきちんと課題をこなしているだなんて……、わたくし、信じられません」

『やってねぇぞ、コラァ!クイーン、教えろ、オイ』
『全く、仕方ありませんね。ここは……』
という一連の流れになるものだとばかり思っていたが、予想は大きく裏切られた。
あのナインが――。今日は、嵐か霰か、はたまた天地がひっくり返るのか。
驚きのあまり、よろめいてしまいそうなクイーンを支えたのは飄々と現れたジャックだった。

「ナイン、えらーい。あいっかわらず、字は汚いけどしっかりやってるね〜」
「おうよ、って、うるせぇぞ、コラ。課題ひとつこなせねぇのは男じゃねぇっつうかよ。やっぱ、そろそろ気合入れて真面目になんねぇとよ」
「あはは、似合わなーい。誰の影響?」
大きく笑って、鋭く突っ込む。
「あ?誰でもねぇよ、昨日から気持ち入れ替えてんだ、文句あっか、コラァ!」
「いいことじゃない?がんばってるナインを見たら、エミナせんせいも好きになってくれるかもね〜」
「ばっ、きょ、興味ねぇよ、あんな女!タイプじゃねぇしよ!ほんっと、なんとも想ってねーぞ」
突然出された名前に、ナインは肩を揺らして顔を真っ赤にした。しつこいくらいにエミナへの想いを否定する。
非常にわかりやすい男なのだ。
それが可笑しくて、ジャックはナインをからかう。
「あ、そうなんだ。あんな女、興味ないって言ってましたってエミナせんせいに伝えとくね!」
「お、オイ、てめー、余計な事言うんじゃねぇぞ!そんな事、絶対言うんじゃねー!!」
赤みを帯びていたナインの頬は、一気に青ざめて行った。
「あはは、冗談だって。エミナせんせいの為に頑張ったんでしょ。素直になればいいのに」
「ちげぇっての。べ、べつにエミナせんせぇに褒めてもらいたくてとかじゃねぇし!」



「そういうことですか」
ナインとジャックの遣り取りを遠巻きに見たクイーンは、どこか素っ気なく呟いた。
以前から、ナインがエミナ武官に好意を寄せていたことは直接言われなくても感じるものはあった。恋をするのは自由だから、それは大した問題ではない。
ただ、兄弟同様に育った存在なのに、ナインの成長に大きな影響を与えているのは彼女だという事実を知れば、どこか寂しく感じた。
嫉妬だなんて、色めいたものとはまた違う。大事な弟が去っていき、置いてけぼりにされるようなこの表しがたい虚無感。
いつかは、自分を頼りにしなくなる日が来るとは分かっていたがこんなにも早いなんて。
傍にいた期間は、自分の方が長い筈なのに。
クイーンの表情は、曇っていた。

「あれ?そんな顔しちゃってどうしたの?」
へらへらとした笑顔を向けるジャックから、クイーンは思い切り視線を逸らした。
「いいえ、気になさらないで」
複雑な心内を知られたくなくて、冷静に振舞う。
「あ、ナインがどっかいっちゃうみたいでサミシイ?」
しかし、ジャックはクイーンの心を見抜いていた。
「違うわ」
ぴくと反応して、数秒押し黙った後に唇を尖らせて不機嫌そうに呟いた。
「うーん、ナインは、どっかいっちゃうというか、他の女の人に夢中になっちゃうかもだけど、僕はそうならないからね」
「……どういう意味ですか」
「あー、だから、クイーンの隣にずっといて、甘えて、頼っちゃうよーってことですよ。サミシイって思う暇がないと思うよ」
「なんですかそれ。わたくしが、困ります」
突然の宣言に曇った表情は一変して、クイーンの口端には緩い笑みが浮かんでいた。
「困らせるというより、夢中にさせちゃうからよろしく〜」

「ずっと、傍にいてくれそうね」
常に笑顔で、時折何を考えているのか分からない。
けれども、向けられた笑顔に偽りはない様に思えた。

2012/05/22