嫉妬、ときどき、常日頃。(クラサメ×エミナ/ver.E) | ナノ




嫉妬、ときどき、常日頃。(クラサメ×エミナ/ver.E)


拝啓、クラサメ様、あなたは嫉妬をした事が有りますか?


次の授業が始まる予鈴の音と共に、エミナを囲んでいた院生たちが散り散りになっていった。
またねという声音にエミナは、軽く手を振って去っていく院生たちの背を見送っていた。
入れ違いに入ってきた、思わぬ人物に目を丸める。
視界を彩る紫紺に、口端から零れる笑みを抑えきれずに近づいて行った。

「あら、クラサメ士官、午後の授業も頑張ってくださいネ」
まだ残る院生たちに気を遣ったエミナは、一線を置いた声音と口調でクラサメに頭を下げる。
然るべき反応をされたわけだが、周囲に視線を巡らせた後に、クラサメもまた、公共の場であることを改めて自覚する。

「ええ。あなたも」
そして、頷きと共に返した。
クラサメの出現に、テラスにいた女子院生から黄色い声が上がる。だが、当の本人はまるで気にする素振りを見せずに、ただ一人を見つめていた。
「……?」
数秒、黙ったままのクラサメにエミナは首を傾げた。
待ってみるが、声が聞こえない。
「いえ、これで失礼します」
何か言いたげに唇を動かそうとするが、きゅっと噛んで地に視線を向けると後退してエミナから背を向けた。
「あ、はい。また」
恋人同士なのに、他人行儀な会話にエミナは乾いた笑みを浮かべて後ろ手に手を組む。
紫紺を追えば、そこに黒髪の女子院生が近づく。クラサメの反応は、冷たいというよりも、いつも通り。
冷たく接するわけでもなく、困った素振りを見せるわけでもなく、事務的に返していた。
積極的な子は、クラサメに甘えた声で擦り寄る。
「ああ、彼女とかいるんですか??」
「……次の授業が有るからこれで」
冷たくされてもめげないその姿勢が微笑ましくて、羨ましくてなんともいえないもどかしさにエミナは大きなため息をついた。
己よりも幾つも年下の女子生徒に嫉妬するだなんて、大人気なくて、そして、内に秘める独占欲が想定外に大きく膨らんで哂った。

「いいなぁ。ワタシも、あんな風に話せたらなぁ。なんて、子供みたいって笑われちゃいそう」
院内だってどこでだって、子供の様に、抱きついてクラサメを感じてみたいのだが、現実でそんな事を出来るわけは無い。
クラサメの残像が完全になくなった後も、暫く大魔法陣を見つめていた。

エミナは、この所前向きになれないでいた。
クラサメと恋仲になったのは、喜ばしいことなのだが彼にアピールする女子生徒や、女性士官に武官に嫉妬してしまう気持ちを抑えきれずにいるからだ。
恋をしているせいか、心が狭くなっている己に気づいて僅かながら自己嫌悪に陥っていた。
きっと、クラサメには分からないであろう黒い感情。
彼が嫉妬する、という事は、考えられない。
「重い女って思われちゃうよねぇ。考えないようにしなきゃ」
後ろ手に組んだ手を上げて伸びをして気を抜いていた時、若い男の声が背中に聞こえた。

「エミナ武官」
「はぁい?」
声をかけられて、振り返って愛想よく振舞う。生徒かと思えば、クラサメと同じ制服を纏う士官に背筋をピンっと張った。
よくテラスに訪れる士官の男。栗色の柔らかそうな短髪が風に揺れている。
笑顔につられて、エミナも口端を緩めた。
冷静沈着なクラサメとは正反対であるが、声音や表情から独特の自信と覇気が溢れていた。
「あ、あら。失礼いたしました。何か、御用でしょうか?」
「いえ、そんな畏まらずに。今夜、何かご予定は?」
「?いえ、特には」
短く返した。一瞬、クラサメの顔が脳裏をよぎる。忙しくなければ、今夜クラサメをデートに誘おうと思っていたのだが――。
「でしたら、私と食事に行ってくださいませんか?」
ぼんやり考えていると、士官の男が隙を見つけたと言わんばかりに一歩と距離を詰めてきた。この男、優しそうな風貌の割に強引に迫ってくる。
「えっと……」
エミナは、内心困っていた。
プライドを傷つけないように様に、やんわりとお断りをしようと一度大きく息を吸った。
さらりとお断りをするのは得意なのだが、この男、あっさり断ってしまっては非常に煩わしいことになりそう。
女の勘で、そう思った。

「予定が無いのなら、一時間だけでも構いませんので私と」
「あ……」
申し訳ありません、とその一言で済むのだがなぜか言わせてくれないそんな雰囲気を男は持っていた。
戸惑い、目を泳がすエミナの視界に、一つの色が入り込んできた。

「失礼。彼女は、今夜、私との約束が有ります。先約が有りますので」
エミナに迫るその姿に眉を寄せ嫌悪感を露わにすると、表情を改めて、二人の間に割って入った。そして、愛想笑いを浮かべることもなく真顔で続けた。
己との約束が先だ、と強調した。
護るように前に立つクラサメに、エミナは安堵して大きな背を見つめた。
「……そう、ですか。仕方ない。今夜は、諦めましょう。エミナ武官、またお誘いしますので」
その士官の男はクラサメの表情を見て、その男は本能でクラサメの想いを感じ取った。先程のクラサメと同じように一瞬、嫌悪の表情を見せる。
納得したように頷いて、エミナにだけにこりと笑みを浮かべると渋々引き下がっていった。

男の気配がなくなると、未だ前に立つクラサメの背に触れた。
「ありがとう。デートしてくれるのカナ?」
「そのつもりで、来たのだが。あの男と食事に行きたかったのか?」
顔だけ向けて、クラサメは返す。
「ううん、クラサメくんと一緒にいたいよ。ふふっ、駄目だな、我慢できないからひっついちゃう」
背中にぎゅうっと絡み付くエミナに、クラサメはそっぽを向くも拒否はしなかった。
公共の場ではあるが、テラスに人気は無い。少しくらいならいいだろうと、小さなスキンシップを許した。
「あの男には、気をつけろ。欲しいと思ったら、強引にでも手に入れようとする男だ」
気に入らないと、クラサメは心の中で付け足した。
甘えるエミナに、言い聞かせる様に普段よりも声を張った。
「はーい。クラサメくんが守ってくれるから大丈夫だよ。ネ?」
エミナの頭の中に、最早、先程の士官の男など残っていなかった。目の前にいる紫紺の彼に意識は向けられている。
ピンチに騎士のように駆けつけてくれた彼が愛おしくて、口端は緩んだままで背中に頬擦りをする。
「そうだが、兎に角、あの男には近づくな」
「分かってます。ねぇ、もしかして嫉妬しちゃってる?」
「……、しているといったらどうする」
「ワタシが嬉しいだけ、だよ。クラサメくんでも嫉妬とかしちゃうんだね」
「嫉妬を……しない日は無い」
聞こえるか聞こえないかのぎりぎりの声音で呟いた。
「え?なになに?」
「教えてやらん」
「ワタシも、毎日、してるんだよ。同じなんだね」
か細く呟いたエミナの声音は、柔らかな風と共にクラサメの耳へと届いた。



意外と、熱い男なのですね。

敬具



2012/05/18