欲求不満、進行中(クラサメ×エミナ) | ナノ




欲求不満、進行中(クラサメ×エミナ)


テラスでいちゃつくのは戴けないと、クラサメとエミナは未だ誰もいない0組の教室で忍び逢っていた。
久方ぶりに担当を持ったクラサメは、エミナとすれ違う日が多くなった。気を遣ってエミナの方もデートに誘うことは少なくなっていた。
早朝に時間を作っての密会。
漸く、待ち望んだ触れ合いだった。

クラサメは、指先で教壇に背を向けているエミナの輪郭を象って素のままの唇に触れる。
指先で押せば、暖かい感触に弾かれる。直接唇を重ねようと顔を近づけた刹那。
「誰か来たよ。ここまでだね。」
胸板を押されて交わされた。先程までの甘ったるい雰囲気はどこへやら、エミナは冷静な表情でクラサメから離れると離れて行った。
手をひらひらとさせて0組の扉を開ける。
入れ違いに入ってきたセブンに会釈して、一度クラサメの方を振り返るもにっこりと笑みを向けるだけでそのまま教室を後にした。
クラサメは温もりを手放せていないというのに、エミナは何事もなかったかのような涼しい顔ですり抜けて行った。
女とは、意外にもあっさりしているものなのだと、クラサメは思った。

触れ合いがほぼなくなってからどれくらいたつのだろうか。考えたくもない程の日数が経っていた。

すれ違った武官に、セブンは首を傾げる。
早朝から、生徒を待っているクラサメに感心して朝の挨拶を交わした。
「……おはよう。隊長は、今日はいつも以上に険しい顔をしているんだな。」
「おはよう。そんな事は無い。」
爽やかな顔で入ってきたセブンにを一瞥して、勘の良いセブンに悟られまいといつも通りにと返事をする。
クラサメの渋い表情から、セブンは気づいてしまった。
クラサメとエミナは、男女の仲なのだということを。



数分後、遅れてはいってきた0組の生徒たちと挨拶を交わして授業を始めた。
マスク越しでもわかる位に、今日のクラサメは苛立つというよりも殺気立っていた。
当人は、平常心を保っているつもりなのだがどことなく宜しくない雰囲気が室内に漂っている。
それを肌に感じた0組の皆は、ぴりっとした空気の中で黙って講義を受けていた。


「今日のたいちょーの顔、こわーい。エミナせんせぇとケンカしたぁ?」
授業が終わると両腕を上げて伸びをするシンクは、のんびりとした声でクラサメへと問いかける。
「くだらないことを聞くな。」
0コンマ1秒よりも早い返答。鋭い睨みに流石のシンクもヒクリと口端を釣り上げた。
「あはっ、ごめんなさぁーい。んー、なんであんなに怖い顔してんだろ?」
素直に謝ると、人差し指を口元に寄せて小首を傾げてクイーンへと問いかける。
「どうなんでしょう。クラサメ隊長も人の子……、だとすれば体調が優れないのかもしれません。」
シンクの問いに、クイーンは指先で眼鏡を上げて至極真剣な表情で答える。
「んー、そんな感じでもないかな。ねぇ、ジャックぅ〜、なんであんなにご機嫌悪いのかなぁ〜?」
真面目なご回答にけらけら笑って、ふざけた解答をくれるであろう人物に投げかけた。

「僕の推理からすると〜、たいちょーの目はよっきゅーふまんな目をしてるよね。」
勿体ぶって間をおいて、穏やかな口調で返す。そして、けろりとした表情で、性的にと付け足した。
あのクラサメが、性的に欲求不満?

言いたい放題の、シンクとジャックの口を塞いでやらねばとも思ったが――。
クラサメは、内心焦った。何故なら、当たっているから。

「ああ、もしかして、私が原因か?エミナ武官といちゃついているところを邪魔したからだろう。きっとそうだ。」
はっとなったセブンが朝の出来事を、端的に紡ぐ。
その表情に揶揄は窺えない。心底申し訳なさそうな表情をしていた。
「ええーっ、朝からいちゃいちゃ?寸止めだったのかなぁ?」
セブンの方に身体ごと向けて、シンクは大げさに驚く。

クラサメは、冷や汗が出そうだった。何故なら、間違いないから。

「オイコラァ!エミナせんせぇといちゃついてるって、どういうことだコラァ!テメェ、あのおっぱい独り占めする気かぁ?」
授業そっちのけで、昼食の事ばかりを考えていたナインだったがエミナという名前に反応してクラサメを睨みつける。

勿論、クラサメはその凄みをため息で跳ね返した。

「んだコラァ!なんとか言いやがれ。ピーとか、ピーとかしてんだろ!あぁん?」
クラサメは鼻で笑ってしまった。何故なら、もっと凄いことをしているのだから。

「やだー、ナイン、えっちな本読み過ぎ〜。」
不快感を露わにした表情で、ケイトはナインに冷たい眼差しを送った。

「隊長も、只の男ってか?笑えるね。」
知らんふりをしているかと思えば、サイスが入ってきて腕を組んで不貞腐れたように放つ。



ざわつく教室内を一瞬で黙らせたのは、ひんやりとした冷気が辺りを占拠した後だった。
短い呪文詠唱に続いて、現れたのは室内を横に分断するように作られた氷の柱。


「静かに。課題を出す。」
低い声と教室に現れた氷柱によって、クラサメが出ていくまで誰一人、氷剣の死神と目を合わすことが出来なかった。


欲求不満とは、正にその通り。
教室から出たクラサメは、本日何度目かのため息を零した。
「ふふっ、待ってたよ?なぁんて。」
0組から漏れる冷気に身を震わせつつ、廊下で彼を待っていたエミナは一歩と近づいて行った。
「用件は?」
触れられないのならば、と足を止めて無意識に冷たい口調で放つ。
「あら、冷たいのね。クラサメくんが足りないから来ちゃった。」
ないがしろにされたような気がしたエミナはむうっと膨れて、視線の位置を合わせる様に背伸びをした。
「今は、駄目だろう。」
クラサメの口調が和らぐ。エミナはその事実にすぐに気付いた。
「うん。今は、なぁんにも出来ないよ。ちゅーしたいけど、間接ちゅーで我慢。」
エミナは人差し指を自分の唇に押し付けて、指に付着したルージュに気づくが構わずにクラサメの唇に押し付けた。
案の定、薄桃色がクラサメの唇で艶やめく。
「……物足りない。ますます欲しくなった。」
中途半端な触れ合いでは全く持って満たされない。眉を寄せたクラサメに、エミナは笑って顔を近づけた。

「だめよ。我慢シテ?後でいーっぱい気持ちよくするから。」
「気持ちよくなるのは、エミナも、だ。」
クラサメの唇に不釣り合いな桃色を、エミナは舌で挑発的に拭った。
「ありがとう。あ、キスはダメよ。」
誘惑しておいて焦らされるのは、実に嘆かわしい。

「相変わらず、意地の悪いことをしてくれる。」
嫌わないでと艶を混じらせ笑うエミナに、欲求は膨らむばかりだった。





2012/04/26