押してダメなら、引いてみる?(ナイン×エミナ) | ナノ




押してダメなら、引いてみる?(ナイン×エミナ)


「押してダメなら、引いてみるって手もあるよ。」
恋愛相談なんて生ぬるいことを他人にするのは好きではなかった。
しかし、シンクの緩い喋り方と絶妙な探りに負けてしまって晒したのは胸の内。
揶揄されるかと覚悟していたが、真面目な顔で頂いたアドバイスは意外や意外。至極まともなものだった。

「ンな、計算するのは好きじゃねぇ。」
投げ出した足をドンっと机に叩きつけて、はっと鼻で嗤う。
「ひゃうっ。」
シンクはその振動にピクリと震えた。
「計算じゃなくて、カケヒキだってば!もー、ナインは女心が分かってないからぁ〜。」
反論すると両手を机に押し付ける。その振動の方が先程のナインのものよりも大きくて、男の身体にビリビリと伝わる。
「エミナせんせーにナインの事意識させなきゃ。」
「意識してくれんのか?」
「ナイン風に言うとぉ、意識しちゃうぜ、こらぁ!だよ。」
ほやんとしたシンクの目が本気だったので、ナインもあっさりとその作戦を決行することにした。
「……マジかよ。わーった。一回くらいは引いてみるぜ。」
力強い言葉に背中を押されたナインは意気揚々と0組の教室を出て行った。考える間もなく、向かう先はテラスにいるであろう意中の人。
大魔法陣を潜り抜けた先に見つけた柔らかで優しい笑顔に、自然と緩い笑みが口元に浮かぶ。
暫く眺めてから、ゆっくりと引き寄せられるように歩いた。
周りを圧倒する雰囲気に、エミナも気づいて意識を向ける。
視線がかち合えば、駆け足で向いたくなるがシンクのアドバイスを思い返して前のめりになる身体を逸らした。

そもそも、引くとはどういう事なのだろうか。いまいち分からぬまま、腕を組んで考えた。
考えたところで答えは見つからない。
「ナインくん、今日も来てくれたの?」
唸りながら悩んでいると、すぐ隣に想い人が立っていた。
「ちげーぞ、コラァ!エミナせんせぇに会いに来たわけじゃねぇぞ。た、たまたま用が有ってだな。」
見透かされていると、ヒクリと口端を上げると一歩後退してわざとらしく首を振った。
「テラスに用事?休憩にきたのかな。」
優しい雰囲気に呑まれて、このまま話し込んでしまいそうだった。
けれども、駄目だ。今日は【引いてみる日】なのだ。
周りを囲む一男子生徒ではなくて、より深く彼女に己の存在を印象付けて一人の男としてみてもらうために。
「そんなとこだ。わりぃかよ。」
「んーん。たくさん会えて嬉しいナ。」
本心で言っているのか、単なるリップサービスなのか。
全くもって分からないが、エミナの一つ一つの仕草ががナインにとってツボだった。
焦がれているのだと、会う度に再確認。
触れたくても触れられない微妙な距離感がじれったくも感じる。
「俺は、別に嬉しくねーし……。」
言った後に後悔するのはいつものこと。けれども、分かっているのかエミナは目を細めて笑った。
「それは、ざーんねん。ねぇ、昨日のミッション大変だったんでしょ?」
「あ、普通だ、コラ。」
「怪我しなかった?」
下がる眉尻から、心配してくれているのだという事は聞かずとも分かった。
気にかけてくれていると思うと、気持ちが昂る。
「アンタが気にすることじゃねぇよ。」
言葉と心の声が裏腹。突っぱねてしまった。
話したいことは沢山あるのだが、シンクの言葉を忠実に守ることにした。
そっぽを向いて冷たくあしらう、しかし、完全には冷たくできないので、エミナの表情を追うべくちらりと横目で眺めた。
口元に指を寄せて眉を下げる様は、どこか寂しそうだ。真っ直ぐなナインの心は、罪悪感に苛まれた。
やっぱり出来ないと、親指を押し込んで拳を作る。
「……今日は、いつもみたいにお話してくれないのね。ご機嫌斜めかな?」
後ろ手に手を組んで、首を傾げつつ遠慮がちにナインの顔を覗き込んだ。

「そういうわけじゃねぇけどよ。」
「どういう訳かな?いつもみたいに楽しそうにお話してくれないとサミシイよ。お話、したいんだけど。」
しゅんとなるエミナの表情を見て、ナインは不謹慎にも胸がきゅんっとなった。
悲しげな表情も堪らなく好きなのだけれども、見たいのはこういう表情ではなくて。
少しだけでも気を引かせるつもりだった。悲しい思いをさせるわけでは無かった。

ミッション、キャンセル。

「ンだよ。そんなに俺と話してぇのかよ。」
自意識過剰とも取られるかもしれないが、純粋にどう思っているのかと正してみたくなった。
「うん。毎日、話したいよ。だから、冷たくされるとツラいかな。」
素直な返答に心の中でガッツポーズ。
押すだとか、引くだとか、自分を意識させるだとかは、そんなのはどうでも良くなった。

「やべえぞ、そんだけで嬉しいぜ。俺だって毎日、話ししてーし、会いてぇよ。」
ナインの冷たい雰囲気が溶けて、柔らかくなるのを感じた。
金糸をくしゃくしゃと掻き撫でて、照れくさそうに紡ぐいつものナインの姿にエミナは胸を撫で下した。
エミナがぽろりと零した言葉は、偽りのない本音だった。

「嬉しいナ。ワタシ、キミのこと……。やっぱり、まだヒミツー。」
潤んだ唇から漏れる艶やかな色、心臓はばくばくと震える。

押してダメなら引いてみる?
ナインのモットーではない。不向きで、至極不似合いだ。
本能で考えて行動するナインには不要。

ここで引くわけにはいかない。

「え、エミナせんせぇ。今度の休み、俺とデートしやがれ、コラァ!」


男ならうだうだ考えずに、押してダメでも押してみろ。



2012/04/21