ひとりじめ(エース×クイーン) | ナノ




ひとりじめ(エース×クイーン)


クイーンにとって物珍しいことが起こったのは、数時間前だった。
エースに声をかけられたかと思えば、分からないところが有るから教えてほしいとの事。
ナインでも、ジャックでも無いエースだということに驚きを隠せなかった。
僅かに下がる眼鏡を押し上げて了承はしたものの、クラサメの質問にもさらりと瞬時に答えてしまう彼に分からない所があるだなんて異常事態のような気がしてならなかった。
悪いものでも食べてしまったのか、突飛な考えが浮かぶまでにクイーンは驚きを隠しきれなかった。
けれども、二人きりになれるのは少しだけ嬉しかった。
浮ついた心を隠して、教科書と辞書を用意して放課後に備えた。


「あなたでも、分からないところが有るのですか?」
咳払いをして、怪訝そうな表情を浮かべて眼鏡越しにエースを見つめる。
「まあ、完璧では無いからな。」
突然の問いに一瞬考えた振りをしてから返す。
驕っている訳では無いのだが、勉学で分からないことなど無かった。大半は理解しているつもり。
クイーンの心の中までは理解できていなかったのだが。

まるでこの状況を疑っていないクイーンにエースは口端が緩むのを止められなかった。
誰もいない静かな0組の教室で二人は隣り合った。開いた教科書とノート。
「……そんなことも有るのですね。で、どれですか?」
「これ、だ。」
本日学んだ魔法数式を指差すエースを一瞥して、口元にペンを当ててなるべくわかりやすい様にと声音優しく解き方を示した。
「なるほど。そういうことか。」
クイーンの声を隣で聞いて、シャーペンを動かす。理解の早いエースにほっと安堵した。

「流石です。理解が早いですね。他に質問は?」
癖で眼鏡を指先で上げると至極真面目な表情で問いかけた。
「ああ、そう……だな……ええっと。」
分からない振りなどせずに真面目に解いてしまったために、解答までものの数分も立たなかった。
どれにしようかと視線を教科書に辿らせる。
二人きりになる口実を作ったに過ぎない放課後の特別授業。
次の手まで考えていなかったと、内心焦る。

「無いなら、これで終わりにしましょうか?」
粗方理解しているのだろうと、クイーンは終わりと呟いて教科書を閉じた。
「……、折角二人きりになれたのにもう行くのか?」
見つからない口実を追うのを止めたエースは、クイーンの手首を掴んで引き止めた。

真正面から、直球勝負で。

存外、真面目で恋愛事に疎いクイーンは瞬きを一つ返すだけで椅子にすとんと座り直した。
「一緒にいる時間が足りない。」
凄いことを言われたような気がして、体中の熱が頬にじわじわと集まるのを感じた。
冗談かと思うが、エースの瞳に偽りは映っていない様に思える。
「えぇっと、その……いえ。あの、わたくしはどうすればいいのでしょう。」
このような時の対処法など、教科書にも辞書にも載っているわけがなく眉尻に困惑を乗せてエースに助けを求めた。

「クイーンのしたいようにしたらいい。僕は、もう少し一緒にいたいし、ひとりじめしたい。」
この言葉を聞いて、更に戸惑ってしまった。どうしていいものか、思いも寄らぬ告白に頬が熱く焦げてしまいそうな錯覚に陥る。
エースの視線がいつもとは違って、全身を余すことなく貫いて突き刺さる。
言葉の端々や雰囲気、気にならなかったはずの距離感にさえ男を感じてしまっていた。

「そんな、急にそんな事言われても……。」
常に前を向いて正論を述べるクイーンは、気恥ずかしさからしどろもどろになっている。
可愛らしいギャップに、エースは思わず息を呑んだ。

「嫌なら、帰っていいから。」
気を遣うエースの声を首を大げさに振って否定する。確かに感じていたぬくもりが一歩遠のくとクイーンは無意識にエースの膝上に手を添えた。
「あ、ちがっ、嫌とかではなくてですね。わたくしも、その……あなたにひとりじめされたいのです。」
顔を背けて潮らしい気に小さく放つクイーンに、胸に抱いてしまいたい気持ちを唇かんで堪えて、膝上の手に己のそれを重ねた。

「もう少し、このままでいようか。」
「ッ、破廉恥です。そ、そんな所にキスしないで。」
指先を絡められて何をするのか心音高鳴らせて見守っていると、薬指に柔らかな感触。
思わず出てたクイーンの発言に、エースは彼女らしいと笑った。

「エース、ヘンな事、しないでくださいね?」
「さあ。どうしようか。」
曖昧に答えると細い指先を眺めて、反応を楽しんだ。


「それ以上したら、叱りますから。」
「どうぞ。」
存外、戯れが好きなエースに、ナインやジャック以上に手を焼きそうだ。
けれども、クイーンは、エースから離れる事も拒絶をすることも出来なかった。
寧ろ、触れ合いたいと、一歩距離を縮めた。


2012/04/20