リビドー(クラサメ×エミナ) 性欲は、いかなる男にもついてまわるものだ。 10代後半の男子ならば、性を意識する年頃である。誰彼構わずに女性の身体に興味を持つ。 それは至極当たり前の事なのだが、クラサメにも在る淫猥なこの衝動を受け入れたくはなかった。 クラサメにとってそれは、汚らわしく、そして罪深いものだと思っていたからだ。 クラスの男子生徒たちの、下世話な話が許せなくもあった。 訪れる衝動を喰い殺して、迫りくる衝動に打ち勝った己に安堵していた。 決して、クラサメ自身は、そのような背徳的な行為に溺れない、と自負していた。 清く、正しくあるべきだ。と自分という像を硬く象ってそう言い聞かせていた。 正面ゲートを両サイドに挟んで、零れるのは桜の花びら。 春は、この道を二人で歩く事が好ましい。 「はぁ。今日も終わったね。授業、楽しかった?」 「それなり、だ。」 「なにその、オカタイ発言。」 エミナと二人きりになると、掲げた誓いが容赦なく破られそうになる。 そんな己を受け入れたくないと、唇を噛んで喰い殺した。 滑らかに動く柔らかそうな唇や、甘ったるい声が下肢に響く。 「ちょっと笑いかけただけなのに、誘ってるって思うなんてなんてオカシイよね。そういうの多いからヤだなぁ。」 「……。」 「ねぇ?……人の話、聞いてないでしょ。」 「……。」 「あー、黙ってるってことは肯定してるってことなんだよ。」 「聞いてる。相手にするな。私が言えることは、それだけだ。」 エミナは、容姿は垢抜けて10代後半の割にはスタイル抜群で開けた性格はしている。 一見、派手で勘違いもされがちなのだが、『性』の対象にされる事を嫌がった。 豊満に育つ胸も、うっとおしいだけなのだと、嘆くことも有った。 「そうだよね。クラサメだったらえっちなこと言わないのにネ。だから、安心して傍にいられるの。」 そうやって、無邪気に笑いかけられると良心がチクリと痛む。 クラサメと、カヅサと共に行動する理由は、波長が合う云々は勿論のことで、自分を女としてみていないから。 良くそう言っていたのを、今、思い出した。 エミナの思う醜い男なのだと知られたら、きっと軽蔑されるだろう。 「睫毛、可愛くなってるよ。」 横顔を眺めていたら、向かいくる風に咄嗟に目を閉じる。同時に、右目のまつ毛にうっすら桃色の何かが張り付くのを感じた。 エミナはクラサメの腕を掴んでバランスを保つ。無意識のうちに密着して柔らかいエミナの胸がクラサメの胸板に当たる。 鼻先には、触れてしまいそうなくらいの潤んだ唇。 思考が止まって、隙をついて溢れ出る容赦ない感情に、クラサメは嫌悪した。 取り除かれたのは桜で、付着したのはエミナの嫌う、欲情。 たった今、いいや、それ以前から彼女は性の対象だったのかもしれない。 長期に渡って堰き止めていた感情が、零れ出るのは一瞬だった。 エミナと触れ合っただけで。 欲しいと、触れたいと、疼く。 性欲を見せないで、隠し続けていたのは自分のためなのではなくて、エミナのため。 他の男とは違うのだ、特別なのだとそういわれる度に小さな悦びを感じていた。 「とれたよ。桜の花びらって可愛いネ。」 指先に乗せて、目を細めて楽しげに眺める。 矢張り、衝動に染まる男なのだと知って彼女の微笑みとは反する自嘲的な笑みを浮かべた。 こんな汚れた想いは不要なのだ 。 いつだって、彼女の作る理想のクラサメで在り続けたかった。 2012/03/09 |