悪い女(ナイン×エミナ) さらりとした風が頬を掠めるのは、夕刻。執務の終わりを告げる鐘が鳴って一息つけば、武官を表す制服が殊更重く感じた。 鐘の音が響くと同時に、静かだった噴水広場は、締め付けから解放された院生たちで一杯だった。 放課後の予定を立てるものや、勉学に励むものの声、純粋に交じり合う声聞きつつエミナの表情は僅かに和らいでいた。 「帰る準備、しよっかな。」 と言って、早数分。 院生で溢れるテラスを右に歩いたり、左に歩いたり。大魔法陣をちらりと見つめては、ふわふわ浮いているモーグリと共に右往左往。 期待する人物の出現まで、あと、数分の筈。 彼が、指揮隊長に掴まっていなければの話だが。 「―――ッしゃあ!!間に合った!!」 諦めようか粘ろうが迷っていた刹那、弾けるような声音と、息を切らしガッツポーズして見上げるナインの表情に、エミナの肩はピクリと上がって、呼応するが如く口端も緩く上がる。 期待を裏切らないでくれたナインの登場と、予想通りの行動。 してはいけないのだと、分かってはいても、特別扱いをしたくもなるし、必要以上に構ってしまいたくもなる。 「ふふっ、誰かと待ち合わせ?」 「分かってんのに聞くのかよ、オイ。」 すうっと大きく息を吸い込んで、愉しげなエミナに一歩と近づいてお行儀悪く指差した。 「分からないから、聞いてるのよ。カノジョと待ち合わせかな?」 純粋で、初々しい一つ一つの表情が愛しくて、ついついからかいたくなってしまう。 そして、彼が息を切らしてまでテラスに走りこんできた理由を明確にしたくて首を傾げて問いかけた。 「はぁ?んなワケねーだろ。アンタ迎えに来たんだ。帰っぞ、コラァ!」 不機嫌そうなその表情を更に色濃くして、強めに否定した。 貰えたのは、またもや期待ごりのお言葉。 想ってくれているのだ、と理解できればエミナの表情もご機嫌になっていた。 金糸が夕陽に光るその煌めきをぼんやり眺めて、遅れて入ってきた声を確認するとエミナはナインの横を通り過ぎた。 「―――オイ、どこ行くんだよ。」 顎を上げて、いつものように攻め気でエミナを見つめていたナインだったが、無反応には大げさに肩落とす。 さらりと交わされたのは、はたまた呆れられたのか見えぬ真意にナインは困り顔だった。 「んー、私服に着替えてくるの。噴水広場で、待っててネ。」 そんなナインの表情を一瞥して、クスリと笑みを向ける。ひらひらと手を振ると一足先に大魔法陣を潜っていた。 テラスにナインを置き去りにして、更衣室へと入る。 誰もいない静かなそこで思い切り、表情を緩めた。 鍛えられた話術や表情で、男女ともに人気があるのは己でも分かっていた。 しかし、ナインから感じる好意は特別に嬉しい。どうして?なんて、白々しく思ってみても、うっすらと分かってはいるのだが――。 「素直で、可愛い子だなぁ。っと。」 鎧を脱ぐと締め付けられていた心身ともに、解放される。出てきた言葉も、素直な感情。 未だ独占できているナインの想いを手放したくはない。 ふうっと大きなため息をつくと白いブラウスと、身体のラインがはっきりと分かる黒のパンツに着替えた。 更衣室の鏡で、髪紐を緩めて長い髪を下して櫛で梳く。唇に色を付けて、身なりを整えてから噴水広場へと急いだ。 鎧を外せば武官という立場を忘れて、女に成ってしまうのだ。 きょろきょろしているナインにこみ上げる笑みを唇で噛み締めて、そっと隣に並んだ。 鎧を外しているせいが、気持ちが違う。 私服で見るナインは、候補生でもなくて、只の男。 見上げると、まざまざとそれを感じた。 「おおっ、こっそり隣に来るのは、反則だろっ!」 はにかんだ独特の笑顔が向けられると、不覚にもときめいてしまった。 「いろいろしてたら遅くなっちゃったの。帰ろうか。」 思わず繋ぎそうになる手を引っ込めた。顔を見せないようにして、ナインより一歩前に出て歩き始めた。 「ちょっ、待てっての。」 置いてきぼりにならないように、ナインも早足でエミナに近づいて、隣を歩いた。 行動も言動も荒っぽい割には、ナインが歩調を合わせてくれているのが分かる。 一日の出来事を喜怒哀楽で教えてくれるナインに、時折一緒に笑って穏やかな表情で聞き入っていた。 優しくて、どこか苦しい帰り道も終わる。 「送ってくれて、ありがとう。」 「もう着いたのか。あー、別に送ったわけじゃねーっての。寮が近いからだ、コラ!」 照れくさそうにするナインに、そうだねと返して暫く見つめた。 お互いに、なかなか離れようとはしない。 もう少しだけ、一緒にいたいと思った。もっと、気持ちを惹きつけたいとも思った。 「……美味しいお茶淹れるよ。飲んでいかない?」 感じるのは物足りなさそうな視線、子犬のようなその瞳を放っておけなくて、自ら誘った。 否、誘ったのはエミナ自身の独占欲からか、少年の要求に応えたくなったのだ。 ナインが断らないということなど、想定出来た。 誑かしているような背徳感が心地よく押し寄せてくる。 この時間が、永遠に続くだなんて思っていないから。 憧れは、恋ではないのだから、いつか気付いて、興味がなくなるその時までは。 ワタシのことを好きでいて。 2012/03/06 |