リナリア(ナイン×エミナ) | ナノ




リナリア

読書は苦手なのだが、ナインはいつも決まった時間にここに訪れていた。
「おっと、本棚に近づくだけで眠気が……。」
古文書の独特な香りと、びっしりと敷き詰められた魔導書を見上げるとくらりと眩暈と共に、激しい睡魔がナインを襲った。
クリスタリウムに入ると、精神的にも、肉体的にも大打撃を受ける。最早、本を見るだけで頭痛が起きると言った、ある種の魔法でもかけられているのかと思う程だった。
しかし、こんな思いをしてまでここへくるのには理由があった。


「んー、この本、面白かったんだよネ。」
時刻は、午前三時過ぎ。この時間になると決まって、武官であるエミナがここを訪れるのだった。
古文書が有る本棚ではなくて、薄い恋愛小説の置いてある棚に。
足音と、甘い香りに誘われて視線を向けるとそこにはエミナがいた。
ナインは一瞬身体ごと反らして、視線だけをエミナに送る。話かけるきっかけを見つけようと、考えていたが、考えるという行為自体に既に頭はパンク中。
即行動!がモットーのナインはごくりと生唾を飲むと、大股で歩いて声をかけた。

「よお、奇遇じゃねぇか、コラァ。」
好きな人にどうやって声をかけていいのか分からずに、普段以上に声を荒げた。
視線は下がりがちで、いつものナインらしくないと言えばらしくないが、エミナと会う時はだいだいこんな様子。
「あ、今日もいた。………もしかして、本読むの好き?」
真剣に本を選んでいたエミナは、ナインの太い声に僅かに身体を揺らして意識ごとそちらへ向けて穏やかな笑みを向ける。
「アァン?あたりめーだろうが。す、すす、好きで仕方ねぇぞ、コラァ!」
腕を組んで堂々としている割には、どもりがちに言い切った。対象は違えど、好きだと言った達成感が妙に心地良い。
「……意外だネ。っていったら失礼かなぁ。おススメとかある?」
腕を組んで緩やかに立てた指先を頬にあてて、小首を傾げて笑った。
言われて即座に指差したのは、年上の女性に恋に落ちる少年のお話。
その小説を手に取ると、エミナはあらすじだけを読み上げた。
適当に指をさした本がピンポイントでエミナの好む恋愛小説。安堵と共に掠めるのは、己の心中表す内容には、びくりと肩を揺らした。
「素敵ネ。ちょっぴり切ない話かな?」
「ああ、その話は、間違いなく泣けるぜ。せつないっつーか、なんつーか。」
読んだこともないその本をあらすじだけで想像して、さも読み終えた後で有るかのような口ぶりで感想を述べる。
「へぇ。恋愛小説、好きなんだ?」
ナインが文学少年だなんて、思いもよらぬ事実を確認するようにゆっくりと尋ねた。
「俺が好きっつったらオカシイのかよ、コラァ!」
「ううん。おかしくないよ。恋愛小説読んでると、心があったかくなるよね。読んでいくと、心がふわふわしたり、きゅって締め付けられたり。小説の中で一緒に恋できるから、病み付きになっちゃうんだよネ!」
同士発見と嬉しくなったエミナは近づいて楽しげに同意を求める。
「お、おう。俺もそう思う。」
ぎこちなく揺らしていた視線を上げて、垂れた横髪を耳にかける仕草や、楽しげに本の背をなぞる姿を眺めた。


「恋したくなっちゃうよネ!」
「そーだな。」
照れやら、何やらが相まって出た声は無愛想そのもの。エミナが何を言っているかなど、理解していなかった。
「ねぇねぇ、恋してる?」
問いかけに深い意味など無くて、単なる遊び心。

「………教えねぇ。」
エミナの思いもよらぬ問いかけに、笑えない口端が吊り上る。
ナインの気持ちをまるで知らないエミナに、焦れったさが、体中を駆け巡る。
零してしまいそうな想いを必死に呑み込んだ。
欲しいと、本能で思っても到底届く範囲ではない。今のナインには、この数歩のこの距離で精一杯。
表情は真剣なもので、含みを帯びた返答に、想い人がいるのかと思えば、何だか寂しいような複雑な気持ちになった。
どうしてそう思うのか、エミナ自身も不明だったがどうしてだか、曖昧な返答の意味が気になる。
が、追求してはいけないような気がして、上辺だけ、本意に背く言葉と共に納得したように頷いた。
「そっか。協力したかったんだけど、余計なお世話だったかな。」
協力したかったなど、聞きたくもない言葉は耳にするりと入ってくる。
そんなものは不要だと、声に出す前に、クリスタリウムまでに大きく響くのは、授業開始の鐘の音。

「授業、始まっちゃうね。また、ネ?」
要らぬことまで聞いてしまったナインに救いの言葉。
「また、な。」
またと聞けば、硬くなった表情も柔らかいものへと変わった。
「あっ、明日もまた、来る?」
「気が向いたらな。」
勿論、間違いなくこの場所に来るのだが、敢えてこの返答を頬を掻きながら呟いた。
「ナインくんの気が向きますように。」
『リナリア』というタイトルの本を片手に、ナインへと手を振るとクリスタリウムを後にした。
扉を閉めるまで、見送って、短い一時が終わると大きく息を吐いた。

「本なんて好きじゃねぇっつーんだよ。」

エミナのいないクリスタリウムに長居する気などは無い。本棚に囲まれているだけで眠気が襲ってくるのだから、ナインの活字嫌いも重症だ。

いざ帰ろうとしたその時――。

「彼女、意外と鈍いから。長期戦だろうな。」
遣り取りを眺めていたであろうクオンが隣に来て、他人事といったように、楽しげに口端を釣り上げる。
「うっせぇ。ンなことは覚悟してんだ。」
「ああ、そうか、失礼。あの小説のタイトルと内容、キミとエミナ教官にぴったりだな。」

どうにも出来ない淡い想いをぶつける術がなくて、クオンをきつく睨む。

どういう意図で、クオンがそういったのかはこの時は理解できなかった。


2012/02/13
Happy Birthday,Nine999!!!