恋を、染める朝
ふかふかの布団に寝そべっているのはふにふに柔らかい甘露寺蜜璃。
伊黒小芭内は、動揺していた。
隣に愛しい人がいるという状況に。

素肌はぴったりと触れ合っているのだが、両腕と両足で大事な所をしっかりと隠している。昨晩、散々愛し合ったというのに、そこかしこに見える恥じらいとさり気無い焦らしに、伊黒の雄の部分は激しく突き動かされていた。

据え膳食わぬはなんとやら。

柔らかい髪の毛をひと束手に取って、指に絡めて口づけを落とす。
寝込みを襲うのは頂けないと分かっているが、蜜璃が悪いのだ。男の本能を擽るなんて軽いものではなく、強く揺さぶるくらいの愛らしい寝顔をしているのだから。
指先で唇をなぞっていると、ぱっちりと目が見開いた。

「ねぇ、髪に口付けたのかしら?」

咎めるような問いかけではなく、それは非常に優しいものだった。
真っ直ぐな瞳で問いかけてくるので、伊黒もまた真っ直ぐな瞳で返した。

「ああ。つやつやしていたので、つい。口づけがしたくなったのだ」

平然と言ってのけて、反応を待って数秒。
蜜璃の表情が崩れた。真っ赤になった頬を両手で抑えるが、甘く歪む口元は隠さない。

「きゅうんってしたわ。ものすっごくキュウンって。髪に口づけって、何だかとってもきゅんっとする。ああ、伊黒さんにされたからかしら?きっとそうだわ!好きな人にされるとこんなにもしあわせなのね。全身がぶわーって熱くなって、胸の奥がきゅーんって苦しくなるの。
ねぇ、分かる?伊黒さん、とっても嬉しい。これだけで満足しちゃう」

布団の中でもぞもぞと動きながら、甘い声音で喜びを表現していた。
見ているだけで、心地良い。素直な心が嬉しい。伊黒は、心底そう思った。

「は!私ってば、また暴走しちゃったわ」
身振り手振りで早口で感情のままに捲し立ててしまった。引かれたかもしれないとおずおずと見つめる。
ぴくりとも動かない。黙って見ているだけの伊黒の心は、蜜璃には全く分からない。
伊黒は、動揺していた。激しく、とてつもなく動揺していた。
その可愛さに。

(何だ?この可愛らしいいきものは!可愛さに俺は支配されている!)

表情、声、言葉。全てがど真ん中に突き刺さってくる。思っていた以上に、可愛らしいのだ。可愛らしいという言葉以上のものがあるのだが、上手く表現出来ない。
綻びそうになる頬の筋肉を、眉をくっと寄せて歯を食いしばって何とか耐えた。

すうっと息を吸って、
「髪に口づけでは、足りん。俺は、全身に口づけしても足りんな。どうしてくれる?」
心内がばれないように、精一杯、クールぶって言ってみる。勿論、ねちねちさを加えて。

ねっとり責め立てる伊黒に、きゅんっとなった蜜璃は思案して柔らかく笑った。

「どうしようかしら。伊黒さんの髪に口づけて、私と同じ気持ちになってもらおうかな?それだけじゃ足りないなら、昨日以上にねちっこく喰べてもらおうかしら?……、なんて、なんて、言ったけど、恥ずかしい。はしたないこと言っちゃった!」

最後の方はごにょごにょと声が小さくなり、勢い良く背を向けた。

「…………」
伊黒は、押し黙っていた。
「どっちも、気に入らない?」

無言のままの伊黒に、不安になったのか顔だけ向けると眉を寄せて問いかけた。
身体が、しなると腰のくびれが強調されて、とんでもなく色っぽい。伊黒は、凝視していた。

「どちらも気に入った。甘露寺は、ねちっこいのがお好みなんだな」
「それは伊黒さんとするから。って、また恥ずかしい事を言っちゃった!」
「……可愛すぎる」
「え?また、嬉しいことを言ってくれたのね。もうだめ、何も言わないで!」
顔を真っ赤にして、枕に顔を埋めた。

何も言わないでと言われたので、可愛いと伝えたい気持ちを堪えた。
伊黒は、惚れた弱みで蜜璃の言葉には従順だ。

『可愛い』を封印されたので、それに代わる言葉を探した。
「たまらんな」
昨晩のはしたなく情熱的な振る舞いを忘れているのか生娘のような仕草で、あの手この手で俺の心をきつく締め付けてくる。
この姿を、他の男に見られたらと思うだけで苛立って、狂いそうになる。
しっかりこの手に絡みつけておかなければならない。

「甘露寺……」
迫り来る欲情に気づいた蜜璃は、ゆっくりと唇を動かした。
「伊黒さん、優しくされるのも大好きだけど、今日は激しくされたいわ。激しくてねちっこいの」
「分かった。他に、要望は?」
「えっと、真っ直ぐに私だけを見て欲しい。伊黒さんは?」
「そのままで充分だ。それ以上、愛らしくなると俺はどうにかなりそうだ」

蜜璃におねだりされるのは好きだった。けれど、伊黒のものとは程遠い謙虚なものだ。

要望は一つ。
この腕から出て行かないように。
閉じ込めて誰の目にも触れさせたく無いほどの激情を持っている。
欲情、嫉妬、束縛。全部、蜜璃だけのもの。
身勝手な欲望だと理解はしている。
この薄暗くも愛しい感情を打ち消してくれる程の我儘が欲しい。
出来れば、同じように想ってくれるのが望ましいが、無垢な蜜璃を同じところに堕とすわけにはいかない。
甘美なおねだりを貰えるように、全身全霊で愛でよう。

「そうなの?どうにかなっちゃうと困るから、どうにかならない程度に伊黒さんを、たくさんきゅんきゅんさせられるように頑張ろう!」
さらりと流れて触れた伊黒の髪に、蜜璃は軽く口付けた。

「全身が熱くなって、胸の奥が苦しくなるな。甘露寺の気持ちがよく分かる」
「同じ気持ちね」
蜜璃は優しく笑って、両腕を首に絡ませて抱き寄せた。

これも初めての事では無いのに、毎回慣れない。
幸せな気持ちが全身に拡がっていく。

きゅんきゅんさせたいのに、いつも伊黒の方がきゅんきゅんさせられていた。

与えたいのに、与えられてばかりなのだ。

ならば、せめて、深く感じて、他の誰も触れられないように、よそ見出来ないように、芯まで染めよう。

伊黒は、蜜璃の薄い唇に口づけた。

2019/07/14
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