黒崎一護の帰宅は早い。シンデレラも驚く程の早さだ。
恋人同士ならば、一緒にいたいと思うのが世の常なのだが、一護が早く帰るのは、なみなみならぬ理由があった。
長居すると雄の部分が出しゃばってくる。本能出したら、嫌われてしまいそう。それだけは、避けたかった。
「もう帰るの?」
いそいそと上着を羽織る一護の腕に、織姫は手を添えた。置いていかないでと、寂しそうにする子犬のようだ。手を振り払うのを憚られる。
「あー、うん。また明日、な」
早く帰る最もらしい理由を見つけられずに、視線をぐるりと一巡させた。行き着くのは、眉を下げたままの織姫。
「そっかぁ。今日も楽しかったよ。明日も会えるのが楽しみ。最後にぎゅうってさせてもらいます!」
聞き分けがいいので納得したように何度も頷くと、照れ笑いを浮かべて正面からからぎゅうっと抱きついた。
柔らかい感触と、ふんわり香る柑橘系の匂いにくらりとよろめきそうになった。
(やべえ、可愛いし、良い匂いするし、柔らかいし、とにかく、やばい)
織姫のハグは、無垢なもので、どろどろした欲情が混じっていないことくらい分かっている。
が、大好きな彼女に抱きつかれて平然としていられる程、大人ではない。
「織姫に抱きつかれると理性飛んじまうんだけど」
無意識に呟いてしまった。
擦り擦りしていたが、その台詞にピクッと反応して胸板に深く顔を埋めた。
数秒の沈黙がとてつもなく長く感じる。
「理性、壊れちゃってもいいよ。一護くんの理性、壊しちゃおっかなぁ」
ちらりと見上げる織姫の表情と一護を映す瞳は大人びていた。
この時点で、翻弄されている。
「織姫がそういうなら、明日、動けなくなるくらいに抱くぞ」
理性の陥落が思いの外、早かった。
我慢していた欲望が漏れてしまった。ずっと隠して、見せたくなかったのに。
「元気だねぇ。いいよ。一護くんになら、シて欲しいな」
嫌がるどころか肯定的な答え。
可愛く、上手に煽られた。
「今日は、ぜってー止まんねえよ」
「止まんなくていいよ。めちゃくちゃにされてみたい」
引き止められたシンデレラは、可愛い狼ちゃんに終始翻弄され続けた。
十二時過ぎの物語。
END
2019.03.20
Back