2月13日。PM11:30。
隣に眠る一護の寝息を確認して、起こさないようにそろりとベッドから抜け出した。
「よし、寝てるよ、ね」
何だかスースーすると視線を下ろせば、裸で抱き合って寝ていた事を思い出して羞恥に頬を染めた。
脱ぎ散らかした下着と、ワンピースをかき集めて身に纏うとキッチンへ急いだ。
明日は、バレンタインデー。
とびきり美味しくて愛情のこもったチョコレートを作ろうと織姫は異常なくらいに張り切っていた。
今年は、オトナ風味にしようと選んだのはビターチョコレート。
「黒崎くんが喜んでくれますよーにっ!美味しく出来ますよーにっ」
眉を寄せて、呪文のようにぶつぶつ唱えながらボウルの中のチョコを溶かしていく。
「おりひめ?」
数十分後、目を開いた一護は織姫がいないことに気づくと、心臓がぎゅうっとなりながら飛び起きた。
しっかり抱きしめて寝ていたのに、いなくなるなんて。誰かに攫われてしまったのかと思ったが、キッチンでなにやらぶつぶつ呟く様子に安堵した。
突拍子の無いことをしているいつもの織姫だ。
漂う匂いにスンッと鼻を鳴らせば、微かに香るのはチョコレートのように感じる。
夜食でも作っているのだろうか。
(腹減ってんのか?激しくヤリ過ぎたからな)
すぐに傍に行こうとしたが、全裸である事に気付いたので、マナー違反にならぬように下だけ身に着けて、気配を消しつつ近づく。
何をしているのか覗きこんでいると、大好きなチョコレートがボウルで波打っていた。
気づくかな?と思っていたが、余程、集中しているのか全く気づかない。痺れを切らして、後ろから抱きしめた。
「!?あ、あ、起きちゃった?」
突然のぬくもりと、逞しい腕にぴくりと反応。
「良い匂いすると思って。夜食か?」
「うーん、夜食というか」
歯切れの悪い言い方に、一護も眉を寄せた。
明日が、何の日か全く分かっていない様子に、織姫もネタバラシをすべきが、夜食で押し通すか悩んだが、隠し事が苦手なので素直に白状することにした。
「明日の為のチョコレートを作ってたの」
「そうか」
まるで他人事だ。
分かっていない一護にもどかしさを感じてストレートに呟く。
「あたしじゃないよ!黒崎くんのだよ。明日、バレンタインだから。一番にあげたいと思ってですね。ほら!黒崎くん、他の子からもチョコレートをたくさんもらうだろうからね、せめて、あたしが一番にと思いまして」
気恥ずかしくなって、早口で捲し立てるように言ってしまった。ホイッパーを勢いよく動かしているせいか、ボウルの中のチョコレートが激しく泡立っている。
溢れそう。それに気づいた一護は、織姫の手を掴んで動きを止めた。
「さんきゅ。つーかな、本命からしか貰わねえよ。その前に、俺にくれるやつなんていないだろ」
そういえば、そんな日だったと納得して、織姫以外にチョコレートをくださる奇特な子が思い浮かばないと首を横に振る。
に吐息がかかってくすぐったい。
それよりも、自分が思っている以上に女の子に人気があると言うことを分かっていない一護にたまにはガツンと言ってやろうと振り返ったが、上半身裸であることに面食らった。
やっぱり、言えない。
何度も見ているけれど、熱に浮かされている時とは違った照れ臭さがある。腕の中でくるりと前を向いた。
「ということなので、服を、服をきてください」
「あー、うん。あー、ワリィ」
静止されたにも関わらず、動揺からか、ホイッパーで激しくかき混ぜたせいか、織姫の左手の薬指にチョコレートが付着した。
美味しそうと本能のままで、一護は手首を掴んでぺろりと舐める。
「甘くねえな」
思った以上に甘くないと、眉を寄せる。
「ダメだった?」
一護に顔を向けて不安そうに問いかける。唇を見つめて、首を横に振った。
「苦いのもいいけど。こうすると甘くなるよな」
チョコレートを指で掬い、織姫の唇に塗りつける。
激しく絡み合った余韻が残っているのか、一護は大胆になっていた。
黙って見ていた織姫は、近づいてくる唇に思わず目を閉じた。
気持ちいいキスが来るのがわかって、煩く喚く心音を抑えられない。
うっすらと唇を開けば、ぬるりとした感触と、ほのかな苦味のあるチョコレートが口内に侵入してきた。
届く舌にされるがまま、苦いような甘いようなチョコレートの味は、よく分からない。
絡みついては離れて、ぬくもりさえもどちらものもか分からない。
ただただ、気持ちいいということは分かった。
「ん、っ。く、ろさき、くん」
離れていかないで、と、目を開く。
「これで甘くなった。うまいな、これ。もっと欲しい」
織姫の視線が扇情的だったので、一護は、舌先で織姫の唇を舐めて続きをほのめかした。
「チョコ、固めないと。待って」
口先だけの否定。止められないことくらい分かっていた。
一護も、織姫も。
「固めなくて良い、これでいい。もっと甘いのくれよ」
誘われたら、断れない。
織姫も自分の指先にはしたなく感じつつもチョコレートを纏わせて、一護の唇に押し付ける。唇からとろりと溢れた液体は、首筋へと流れ、舌先でそれをねっとりと舐める。
目を細める一護がいやらしくて、もっとみたくて。
いやらしい自分もみせたくて。もっとえっちな気分になってほしくて。
「黒崎くんも、あたしの好きなところにチョコレートつけて、全部、食べて」
2月14日。AM0:15。
ビターより、熱くて蕩けるスイートなオトナ風味のバレンタインデーとなった。
END
2019/02/19
Back