エースの災難ver.1 | ナノ




エースの災難ver.1(ナイエミ)

甚だ疑問に思うことがある。マザーはどうして、自分とナインを同室になんてしてしまったのだろう。
同室と言えども、互いに個別の部屋があるのだが。

何やら、今日も壁を隔てたナインの部屋から下手な鼻歌が聞こえてくる。
今日も、逢瀬なのだろう。
そうだ、それは昨日の事だった。

今日のナインはやけににやついていた。何かいいことでもあったのだろうか、少し不気味でもあったが気にすることもなくエースは、就寝の準備をした。
隣の部屋から、ヘタクソなナインの鼻歌が聞こえてくる。五月蠅い、と、徐に眉間に皺を寄せた。
整理整頓された室内の壁にかかった時計を見上げると、午前一時一寸前。規則正しい生活をしているエースにとっては、就寝時間にしては少し、遅いくらいだった。
陽の匂いのするふかふかのベッドに潜り込んで、いざ眠りにつこうと目を瞑った瞬間だった。
真っ暗な空間が歪んで、灰色の次元の中から現れたのは魔導院の武官で在るエミナだった。
「わあっ、いったぁい。大丈夫かな?」
「???」
「急いでたから、魔法詠唱簡略化しちゃった。遅くなってごめんねぇ。」
どんっと音を立てて、エースの上に迷い込んだエミナをしっかりと抱きとめる。
ドッキリか、何かと思ってしまうくらいに驚いた。
冬だというのに、薄いネグリジェを纏うエミナの柔らかい感触にドキリとなって無意識に抱きしめる腕を強めた。
そもそも、どうしてわざわざテレポストーンを使って候補生の部屋に訪れたのか、しかも、どうしてエミナは待ち合わせをしているかのような発言をしたのか。
疑問は、幾つも並ぶのだが、優しい花の匂いと感触にそんな事はどうでも良くなってしまっていた。

分かっていることは、向けられる言葉がエースへのものではないことくらい。
「お相手、間違ってはいませんか?」
まるでエースを想い人にするように首筋に頬を当てて擦りよる仕草に、申訳なくなって幾分低い声で囁いた。
「あ!!その声、ナイ……んん、なんでもないよ。ワタシ、どうしてここに来ちゃったんだろ。」
言いかけた名前を飲み込んで口を両手で押さえる。
声も、匂いも、抱きしめる時の腕の強さもナインとは違うと慌てて腕から逃れるてベッドの端に向かうエミナは目を見開いてしどろもどろに呟く。
勘の良いエースは、言いかけた名前から、誰の元に訪れたかったのか早々に理解して、いつも眉間に皺を寄せて「コラァ!」などと叫んでいる男が、妙ににやにやする意味も理解できた。
「ナインなら、そっちの部屋です。」
上半身を起こして壁を指差すとその向こうから聞こえてくる鼾に片目を瞑る。
「えーっと……。」
気まずい雰囲気が流れる。
「……、僕は口が堅いから、ナインとのことも、今日の事も誰にも言いませんよ。」
揶揄するような声音では無い上に、普段のエースの人柄にエミナはほっと安堵して頷いた。
「……、ありがとう。おやすみ。お邪魔してごめんなさい。ヒミツ、だよ?」

気恥ずかしそうにするその姿に、普段のエミナの面影はなかった。
妙に艶っぽい声と暗闇の中で微かに見えた笑顔に、ドキリ。
そそくさと出ていくエミナの後ろ姿を視線で追った。

何て事を不意に思い出して、時計を見上げると昨日と同じく午前一時、一分前。
ベッドが軋む音が聞こえた後に、続いたのは男の驚いた声と、女の柔らかい笑い声。


エミナとナインが男女の中で有ることに驚いたものの、知ってしまった女の感触にくしゃりと髪を握って静かにため息を落した。

昇ってくるのは、くだらない感情。これを、災難ととるのかそれとも。

不都合な秘密と悶々とした気持ちを抱いて、ベッドに潜り込んで無理やり目を瞑った。


2011/12/26