想いナク | ナノ




想いナク


「ワタシ、酔ってないからネ!」
珍しく遅く帰ってきたかと思えば、いきなり抱きつかれてエミナに押し倒されていた。馬乗りになる彼女の頬はほんのり紅い。
熱い熱いと言って上着を脱いで、薄い白シャツの下に覗く黒い下着が刺激的。束ねた髪が解けて、色気が二倍増し。
など言っている場合ではなく、大人の雰囲気とは、また事情が違う事は彼女の表情から読み取れた。
「飲まれたな。」
エミナの言葉を否定せずに、今の状況を的確に呟く。それも、涼しい顔で。
エミナはそれが、どこか気に入らないといった表情で唇を尖らせた。
「飲まれてませんー。くらさめくんの人でなしー。」
のんびりとした口調が更に遅くなる。エミナは、親指と人差し指でクラサメの頬を摘まむ。
どうやらご機嫌麗しくないうえに、酔っているらしい。
何故、このような悪酔いをしたのかクラサメには分からなかった。人でなしというエミナに反論する余地も見いだせずに、むうっと頬を膨らませる彼女をただ無言で眺める。
「私の、何が気に入らない?」
考えても、明確な回答など見つけられないので率直に聞いてみた。声は、至って冷静なままで。
「ぜーんぶ。ぜーんぶ、気に入らないの。」
エミナと肩眉がピクリと上がって、大げさに胸の前で両手で円を描いた。
「例えば?」
クラサメも同じく眉を上げるものの全てを否定しているのに、怒りなど微塵も見せずに平然と問いかける。いつまでたっても崩れない表情に、エミナの表情は苛立ちと悔しさが浮かぶ。
「そうやっていつでも冷静なとこ。」
「そんな事は無い。たまには動揺する。例えるなら、今この時だ。」
何て言うクラサメの表情は至って冷静そのもので、説得力は無かった。
「うそつき!会えなくても、いつだって冷静じゃない。」
クラサメの胸板に手をついて珍しく声を上げるエミナをぼんやりと見つめて、苛立つ表情が悲しみに揺れるまでを瞳に捕えた。
「そんな事は、ない。」
クラサメは、長い指をエミナの頬に這わせて子供をあやす様に撫ぜた。エミナは、心地いい熱に甘えて頬をすり寄せて、爪先に口づける。クラサメは、そのくすぐったさに目を細める。
戯れが心地よくて、甘えたくもなるのだが、今日はそうもいっていられないとエミナは首を横に振った。
不服な訳ではなかった。ただ、寂しかった。いつまでも自分だけが想っているようで。
長期の任務で離れ離れになって、ようやく会えたと思っても、いつだって彼は、どこか素っ気ないのだ。
恋人同士ということを忘れてしまっているのではないかと思うほどに。
エミナから会いたいと言わない限り、二人の時間は持てない。こんなにも想っているのに、少しも想われていないようで寂しかったのだ。
幾ら、クラサメだって、好きでもない女とこれほど長い時間を過ごさないだろうとその想いを否定する気持ちもあった。
どちらに転ぶかは分からないけれど、今日こそは酒の力を借りて彼の本心を探ろうと試みた。
けれど、彼の表情は頑なに動かなくて、否定して傍にいてくれるのは、愛を挟まない、単なる同情なのかもしれない。
緩やかに確信へと向かっていくのがつらくて、エミナは寂しそうに眉を寄せた。
「ワタシがいてもいなくても一緒でしょ?いつだって、ワタシの片思いのままだもん。ネ?」
薄く開いた唇がゆるりと動いて、物憂気に言葉を紡ぐ。この瞬間に、初めて、クラサメの表情が変わった。
言い切ったエミナは、クラサメのシャツを強く握った。

「どうして、そう思う。エミナが傍にいてくれて、それだけで、私は……。」
同意を求める口調に違うと、クラサメは首を振った。
一体、いつから彼女をこんなにも悩ませていたのだろうか。
愛の言葉なんて、柄ではなくて、一度も囁いたことは無い。だからといって想っていないわけではない。
いつだって、強く想っているのはエミナだけで。


「クラサメくん。頼ってくれないじゃない。サミシイなんて言ってくれないじゃない。会おうっていうのは、いつだってワタシからじゃない。ワタシがいなくても平気なのかなって。」
堰を切ったように溢れ出る本音を、クラサメは目を細めて聴いていた。
敵陣を陥落させる戦法ならば幾つでも思い浮かぶのに、目の前にいる想い人を慰める言葉も、術もまるで思いつかない。
闘いでの栄光など、恋人の前では無意味だと感じる。

「ねぇ……、最期まで、ワタシを置いて行かないで。」

頭を抱えて、出した答えは――。
クラサメは、謝罪や言い訳よりも先に、両腕を伸ばしてエミナを求めた。
幾つの夜を泣いたのだろう。

シャツに染み込む涙の重さに、どうしようもない愛しさを感じたクラサメは、胸元に顔を埋めるエミナを抱きしめた。





2011/12/22