姫君、お持ち帰り。(シンドバッド×紅玉)

「ちょっ、ばか……も、っ―――!」
廊下で堂々といちゃつくのは、シャルルカンとヤムライハ。
夕陽に当たるシャルルカンの銀糸に見とれた翡翠は、近づいてくる唇から逃れることは出来なくて抵抗の声を上げようとしたが、シャルルカンの唇と共にそれを飲み込んだ。
男の舌が咥内を、そろそろと這う。舌の裏側までご丁寧に入り込んでくるものだから、そこから甘くてくすぐったい痺れが全身を襲う。
蠢く舌を追いかけて、じゅるっと音を立てて肉厚の舌吸い付いた。
沢山絡めたいのに、シャルルカンの舌はじれったく逃れて、ヤムライハは追いつくのに精一杯だった。
もっと、もっとととおねだりしたいのだが、ここは誰が通るか分からない王宮の廊下。
理性を引き戻すと同時に唇を離す。
ヤムライハは顔を背けて色っぽい表情で再度キスを試みるシャルルカンを睨みつけた。

「っふ、ぁ……、誰かに見られたら……」
「誰か来たらすぐやめるっつーの。先っぽだけでもいいだろー」
「!さ、先っぽって何よ。もー。あんたはどこでもむらむらしてるんだからッ!」

いちゃいちゃべたべたと。
七海の覇王が腕を組んで仁王立ちになって、片眉を上げて羨ましいという視線を送っているにも関わらず熱い二人は気付いていないご様子で。

お互いの事しか見えていないと言わんばかりの二人に、シンドバッドは少しだけ意地悪をしてみたくなった。
いちゃいちゃべたべたしたくても、如何せん愛しい姫君は煌帝国へ戻っていった。
届かない相手を想って、シンドバッドは拳を作る。

「こんなところでいちゃつくなんて、いただけないぞ。八人将同士の恋愛は禁止にしようか、二人とも」
すうっと息を吸うと幾分低い声音で問う様に呟くと、にっこりとした笑みを浮かべた。

「「!!」」


ビクッと肩を揺らす二人は、ゆっくりと視線を王の元へと向ける。
数日前のシンドバッド王は、笑顔で赦してくれたものだからシャルルカンは調子に乗ってしまっていた。先日の王は何処に。
笑顔の裏側の怒りやら嫉妬やら、宜しくない感情ばかりが見える。言うならば、ルフがドス黒くて恐ろしい。

「ばか、シャル、だから言ったのに……。ごめんなさい」
自業自得で有るがゆえに言い返せないヤムライハは、しゅんとして俯いた。
非を認めて謝ると、シャルルカンを王の恐ろしい視線から護るように抱き寄せた。
「王サマ、あー、これは、その……」
シャルルカンは、青ざめてしどろもどろになり、視線をあちらこちらへと向く。
何とか言い訳を考えるも、上手く言葉が出てこない。

動揺する二人に、小さく笑うと目を細めた。
「冗談だ。俺の前で見せつけるのはやめてほしいな」

忠実な二人なので、恋愛禁止という言葉を忠実に守ってしまいそうな気がする。己の嫉妬から、王という立場の職権乱用は如何なものか、と。
恋愛禁止を撤回することにした。もし、自分が同じ立場なら、気が狂ってしまいそうになるだろうから。
女性には優しくというのが、シンドバッドのモットーなので、肩を落とすヤムライハにも免じて。


「はい、気ィつけます」
横切る王に一礼をすると、シャルルカンは安堵のため息をついた。



「王サマ、目がマジだったよな。欲求不満つーやつ?」
『恋愛禁止』を免れたシャルルカンは、翡翠の髪を指に絡めて遊びつつ、堂々と廊下を歩く七海の覇王の背を見送る。
「あんたが外でいちゃいちゃするからこういうことになるのよ!次したら、もー、一生しないわよ!」
シャルルカンから遅れて、ヤムライハはこっそりと視線を紫紺へと向けた。
注意されたというのに、男の手は柔らかい内股をなぞっている。睨みつけると手の甲を思い切り抓った。

「!い、てェ!」

そんな二人の遣り取りに、シンドバッドは聞き耳を立てていた。
小競り合いつつも、いちゃいちゃしているであろう事が二人の声のトーンから把握できた。
「羨ましいぞ、シャルルカン、ヤムライハ」
この二人の様にぎゅうっと抱き合っていちゃつきたい。
こんなにも紅玉に恋い焦がれる己と、それほどまでに夢中になれる存在を見つけたことに驚きもする。


『姫君に会いたい』
触発されたシンドバッドの脳内一面に広がるのは、嫉妬云々よりも紅玉の事ばかり。

紅玉が煌帝国へ戻ってから、日は浅い。
それなのに、こんなに求めてしまっては、先が思いやられる。


たまには真面目に仕事を、と、玉座へ腰かけて積みあがった書類を眺めた。
せっせと書類を片づけるジャーファルに倣って、書類と睨めっこ。
己の署名を長々と書かれた密約に残すべく筆を執って、パピルスに押し付ける。
勢いよく押し付けたせいか、繊維に筆先が引っかかり、パピルスは破れて、筆先はぐにと曲がって使い物にならなくなった。
「先が、折れた」
書きやすいお気に入りのものだったのにと、シンドバッドは眉を寄せる。
気分の晴れない日は、こうも良くないことが続く。代わりの物をと、ジャーファルに無言で手を差し伸べるとお気に入りのそれよりも少し重いものを渡された。

「ジャーファル、これと同じものは無いのか?」
新たな筆を置いて、壊れた筆を指差す。
「それは、煌帝国からの献上品です。上等な筆ですから、二つとありません」
仕方ないと諦めるシンドバッドでは無かった。
煌帝国と聞けば太い眉が僅かに動く。そして、口角が思惑連ねて吊りあがる。

簡単な事ではないか、欲しいものが有るのなら、自ら赴いてこの手に収めれば良いだけの事。
頬に手を当てると、より一層笑みを深いものにする。

「……そうか、俺はこれじゃないと仕事が進まない。煌帝国へと行ってくる」

王の代わりに流れ作業の様に、署名をするジャーファルはさらさらと数枚の書類を書き上げた後、王の言葉を反芻させてぎょっとした表情を向けた。
止めても聞く耳を持たないという事は、強い瞳から窺える。目的は、筆だけではないことなどジャーファルには分かっていた
「練紅玉姫の事となると、ただの男になりますね、あなたは」
シンドバッドに向ける言葉は、これ以上に的確な言葉は無いだろうと、ジャーファルは思った。。
「俺もそう思うよ」
他人事のように呟いて、シンドバッドはその場から足早に立ち去った。





「シンドバッド様がいないお部屋は広いわぁ」
一人では広すぎる部屋を見渡す。共に過ごした日々が夢のよう。
今思い返しても紅玉の頬と体が熱くなって、掌で頬を押さえる仕草を取るととほうっと熱を逃した。
「姫君、だからあれほど既成事実を作っておくべきだと。誘惑をするべきだと。いや、しかし、御子が出来ては紅炎様に怒られるどころの騒ぎではなくなる。ああ、だけど七海の覇王ならばそこをなんとか――」
拳を握りしめる夏黄文は強めにいうものの、炎帝の顔が過ると表情を変えてぶつぶつと呟く。

「!誘惑なんて恥ずかしくて出来ないわぁ。シンドバッド様と手を握るだけでも、精一杯なのに」
「姫君、女は愛嬌だけでなく度胸も必要なのです。男を押し倒すくらいの女もいいものです」
「……してみたいけど出来ないのぉ。……そういう女性の方が好きなのかしら。シンドバッド様に聞いておけばよかったわ」
「しかし、あの手の遊び慣れたタイプは初心な女性の方が好みかもしれませんね。自らの手で、自分好みに育てるなど、好んでいそうですし」
紅玉が腰紐を解くのを見届けると、頭を下げて布一枚で隔てて距離を作る。
姫君のお着替えを理解すると、早々と背を向けた。

「うう、不安になって来たわぁ。可愛らしい女性を見つけているのではないかしら……も、もしかして、今頃は他の女性と仲良くしていのじゃないかしら」
布の落ちる音の後に、紅玉の不安げな声が続く。
「他の……はないと思われますが。シンドバッド王は、あなたのことしか見ていないですから」
あれだけ愛を一身に受けておきながら、我が主は突拍子もないことを言いだす。
まるで、愛されていなかったかのような口ぶりで。
愛されることが無い、という前提での話しぶりには驚かされる。

「異国の姫だから、優しくしてくれたのよ」
背中越しの紅玉の声の調子が下がってしんみりしたものとなる。
着替え途中であると言えども、振り返ってそれは違いますよ!と大きく否定したい夏黄文だったが無礼だと諦めた。
第三者から見れば、分かりやすいくらいなのに、当の本人は王の愛を理解していない。
「たとえあなたが異国の姫だからといっても、優しくするにも限度が有りますよ、男には。分かってらっしゃらないのですね」
愛を信じきれないのは、生まれが、環境がそうさせたのかと夏黄文は腕を組んで考えた。
無理やりにでも、既成事実を作らせておけばよかったと考えるほど。
気を抜いていると、紅玉の部屋の扉が少し開く。屈強な護衛で護られているはずなのに。夏黄文は脇に差した剣をそっと抜いて、足元から見上げた。

「!!!」
現れた人物に、息を呑む。思わず名を叫んでしまいそうになるも、直前に大きな手で口を覆われた。
片眉と無言の視線にこくこくと頷いて、酸素を思い切り吸い込むと紅玉の部屋を後にした。

「シンドバッド様は、お優しい方だから……、大きな腕で抱きしめてくれたのも、私の事が好きだから、じゃないのよ」
ぱさりと布が落ちて、紅玉は白い肌を晒す。煌帝国へ戻る前の晩につけてくれた鮮やかな痕に触れて、寂しげに零した。

布一枚隔てた先に、紅玉のシルエットが浮かぶ。触れようとするも、聞き捨てならぬ言葉にシンドバッドは伸ばしたその手を下した。

「酷い話だ。こんなに姫君に焦がれているのに、そんな風に思われていたなんて。俺が愛していないとでも?」
背中から聞こえる声に、紅玉の肩が揺れる。耳に届いた声が、焦がれるあの人とあまりにも酷似していた為、胸が高鳴った。
大好きな彼は、シンドリアにいる筈なのに、自分の元に訪れてくれるはずはないと紅くなる頬を叩いて、首を横に振った。
夏黄文が励ましてくれているのだと、どういう訳か紅玉はそう思う事にして自分を落ち着かせようとした。

何かの術で、夏黄文がシンドバッドの声音を真似ているのだろう。真面目な夏黄文がそういうことをするとは思い難いが、それ以外は考えられないと必死に自分を納得させた。
「もー、夏黄文!シンドバッド様の真似しないで。そ、そんなこと言われたらどきどきするじゃない」
「いや、俺は本物なんだけど」
「悪戯するなんて、悪い子よぉ」
軽く突っ込んではみたものの、紅玉は聞く耳を持たずといった状態。悪戯心が先だって、夏黄文の振りをすることにした。
夏黄文にはこうやってしゃべりかけるのか等、自分に向けられる言葉との違いもまた興味深い。
我ながら、バカげた思い付きだと思うけれど、『自分以外の誰か』と姫君の会話というのも些か楽しいものである。
「失礼しました、姫君。面白い術を知ったので姫君にお披露目を。暫くはシンドバッド王の声音でお許しください」
「いいわ。シンドバッド様とお喋りしているみたいで楽しいもの。シンドバッド様に逢いたいってずーっといってたからでしょ?本当にシンドバッド様といるみたい。夏黄文は良い子ねぇ」
拗ねた口調だったがころっと変わって、紅玉の声は弾む。
「シンドバッド王に、そんなに逢いたいのですか?」
「当たり前じゃない。逢いたいわぁ。ぎゅうってして欲しいのぉ」
切ないため息を落して、薄くなった痕を指先でなぞって、自らを慰めた。

後ろから抱きしめて、望むままにぎゅうっと抱きしめたい。が、シンドバッドは先程から気になっていたことを紅玉へ問いかけた。
「姫君は、このようにいつも寝所に私を招き入れているのですか?」
付き人だとは言うけれど、警戒心もなく布一枚を隔てているとはいえ、他の男の前で紅玉は裸になっている。これは由々しき事態である。

「?ええ、ずーっと前から、いつも私が眠るまで傍にいてくれるじゃない」
何を今更と、紅玉は軽く笑った。
「そう、でしたか。それは、また妬けるものですね。我が姫君」
何十年も、傍で見守ってきたのは自分じゃないと教えられて、歯がゆい。
「どうして、夏黄文がやくの?」
「何十年も、一緒なんだろ?傍にいたのが俺じゃないのが気に入らない。嫉妬しない方がおかしい」
傍にいたのは夏黄文なのに、俺じゃないと言い切るのが引っかかって首を横に傾げた。
畏まった口調が砕けると、更にシンドバッドに近づいて紅玉はぷるりと震えた。
声はシンドバッドのものだけど、後ろにいるのは夏黄文のはず。
分かってはいるけれど、心音は煩いくらいに鳴っている。
「そういう喋り方やめて、シンドバッド様みたいで、違うって分かってるのにどきどきするの」
「もっとどきどきさせてやろうか、姫君」
「!うっ、や、それ、ゾクゾクするからやぁ。ぎゅうってしてもらいたくなっちゃうわぁ」
耳元に纏わりついたのは、甘くて優しい大好きな人の声。紅玉は、錯覚しそうになると耳を塞いだ。

シンドバッドで抱きしめたくなったので、ネタばらし。
「夏黄文ではなくて、紅玉姫のシンドバッドです。我慢できなくて、逢いに来ました」
「う、うそうそ。シンドバッド様はお忙しい方なのよ!私に会いに来るはずないわ!」
「姫君の事で頭がいっぱいなんで会いに来た信じてくれないなんて、酷いな」
「ッ!ほ、本当にシンドバッド様なのぉ?」
「ああ。あなたのシンドバッドだ」
「わ、私のですか……。私も、シンドバッド様の、えっと、あの紅玉ですわ」
震える声で言い切ると、紅玉は全身を真っ赤にさせて小さくなっていた。
手を伸ばすと薄い布越しに紅玉の背をなぞる。久方ぶりに触れた感触に、もうそれだけであっさりと欲情。
「ッ、や、あ、は、はしたない格好を。着替えますので、待ってて……」
布越しの感触に、紅玉はぴくっと反応した。この時に、漸く自分が何も身に纏っていない状態だということに気づく。

「着替えなくて良い、このままで。こっちを向いてくれ、紅玉」
後ろから聞こえる声は、しっとりとしていて、その声に紅玉の身体は支配される。衣服を掴んだ手を離すと、両腕で自分の身体を抱きしめた。

「〜〜〜っ、は、恥ずかしいです」
「見たい。俺の痕だらけのカラダ」
つうっと背中に触れるぬくもりには逆らえなくて、ゆっくりと身体をそちらに向ける。
恥ずかしくて仕方のない紅玉は、布越しにシンドバッドに抱きついた。

「夢かもしれないので、今日は離してあげません!」
先程の、女は度胸という夏黄文のアドバイスを思い出した紅玉は普段よりも大胆になれた。
「今日だけか?」
布が邪魔して、シンドバッドからは抱きしめられないことにもどかしさを感じる。
「明日には、シンドリアに帰られるのでしょう?一日だけで良いから、私だけのシンドバッド様になって」
勇気を振り絞ってのお願いは、優しいけれどどこか意地の悪い言葉によって拒絶された。
「お断りする」
浮かぶ笑みに、紅玉の目はじわっと潤んだ。
ふらふらと倒れてしまいそうだったが、シンドバッドの言葉には固まってしまった。
「俺は、一生姫君のものだからな。一日限定なんてお断りだ。一緒にシンドリアに帰ろうか」
隔てる布を外して、はっきりと見える紅玉の身体を一巡すると、薄くなった痕を眺めて、他の男の印は無いかと確認する。
最後の夜と変わらぬ体に満足すると、小さな体を抱き寄せた。
シンドバッドは自分の羽織を、裸の紅玉の身に纏わせると手を取った。指を絡めて自分の頬に添える。


「私でよければ、喜んで」
紅玉の中で、答えは一つしかなかった。
最後に別れた日と同じ匂いのする胸板に顔埋めて、何度も頷いた。
「浮気、してないですよね?」
「他の女の事を考える余裕は無い」
即答するシンドバッドに安堵する紅玉は、胸板に擦りついて見上げた。
「良かったぁ……シンドバッド様、えっちなことしたいです」
「え?」
「シンドバッド様に抱きしめてもらいたくて、毎晩さみしくて、我儘が許されるなら私にえっちなこといっぱいしてください」
シンドリアに連れ帰るだけだったのに、手を出したくなった。
可愛いおねだりに背中を向けるつもりはないシンドバッドは、かけたばかりの羽織を指で払うと跪いて胸のふくらみの間をねっとりと舐めた。
薄い痕の上に、重ねる様に濃い痕を残す。
たった数日なのに、触れ合うのは久方ぶりのよう。シンドバッドは、邪魔な理性を払うと紅玉の柔肌を堪能した。



「紅炎様の耳に届かないといいが……」
部屋から漏れる男と女の声に、最中であることに気づくとため息をついた。

「私も一緒に連れ帰ってもらわねば困る!」
炎帝にばれぬことを願って、部屋の外で一人、二人の行為を見守る夏黄文であった。
2013/05/11
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