FaKe(シンドバッドと紅玉/マギ)


恋に焦がれていた時の方が、何も考えずに幸せだったのかもしれない。
この恋が、七海の覇王と繋がるだなんて思いもしなかった紅玉は、夜毎にその腕に、全身で求められて戸惑いを感じるほどだった。
疑うべきではないのだが、己の魅力と言えば、煌帝国の皇女であるという立場くらいだ。
夏黄文と共に、成長はしたものの、環境がそうさせているのか、誰かに必要とされるということに実感が無くて、弱腰だった。
特に、恋をする気持ちは分かったが、愛されるということがいまいち分からない。
実感することが出来ない、自信が持てないでいた。
相手は、女性との浮名の多い七海の覇王。



「早く会いたいですわぁ」
広い室内の割には、ふかふかの大きなベッドと大量の酒瓶の置いてあるだけの簡素な部屋。
纏う装飾品は多いけれど、室内はいたって普通、それよりももっと簡素な気さえした。シンドバッドには似合わないように感じるこの室内も、無機質であるがゆえに、彼の本質が窺えるようなこの部屋が紅玉は気に入っていた。
シンドバッドの着ていたシルクの寝間着を、自分用に新調してもらった寝間着に身を包むと、もうそれだけで、紅玉は身体が熱くなるのを感じた。
広すぎるベッドにころんと横になって、窓から見える雲のかかった月を見つめて愛しい人を待つ。
待てど、暮らせど戻ってこないのがシンドバッド。眠りかけたころに、慌てて戻ってくる彼の人を想像すると無意識に笑みが零れて、紅玉は袖でそれを隠して肩を揺らした。
「……少し、冷えるわ。お茶でも頂こうかしら」
未だ戻ってこないであろうシンドバッドを想像すると、彼が戻ってきてすぐにでも身体が温まるようにお茶でもと思いついた紅玉は、部屋を出て、ティーセットを借りるべく厨房へと向かう。

強い女のお香の匂いに、眉を寄せる。その先には、以前、シンドバッドへ群がっていた女性たち。
派手な化粧とメスを感じさせるその露出の多い服装に、そっと目を逸らして、彼女たちが去るまで木陰に隠れて待った。
別段、隠れる必要はないのだが、自我の強そうな女の集団の横を通り過ぎるのは気が引けたのだ。
何か小言を言われると感じたので、怖くなった。


「シンドバッド様、最近つれなくて寂しいわ」
水煙草を吹かす女が、艶っぽい声で至極残念そうに呟いた。相打ちを打つ隣の女は、艶やかな黒髪に指を通して悩ましげにため息を落す。
「本当に、煌帝国の皇女様に夢中とのことで」
紅い唇の印象的な女が眉を寄せて言うと、女たちは肩を揺らして笑った。
「あの方は、とても賢い方だから。シンドリアの為に、いざというときに役に立つ煌帝国の皇女様に目を付けたのよ。うまく利用しているの」
「でしょうね。これから、戦争が起こるかもしれないわ。その時の、人質にでもなさるのよ」
声を上げて嫉妬から醜く笑う女たちに、悔しさなどはなかった。
有るとすれば、他人から見ても、シンドバッドと紅玉の関係に愛など無くて、利用しているのだと分かる程なのだという寂しさ。
自分が一番理解していることなのだが、他人からこのような形で聞くのは、虚しさが大きい。

自分は、愛されるはずがないのだ。どこにいたって。

全くもって否定できないことに、紅玉は目頭が熱くなって、その余韻は頬にまで広がって、零れる涙を堪える為にきゅうっと唇を噛んだ。

泣かない、泣かない、と、言い聞かせて震える足で来た道を引き返す。

「姫君、良かった。どこへ行ったのかと」
それでも、戻った先は用意された自分の部屋では無くて、シンドバッドの温もりが有る部屋。
扉を開けて、見えた顔に小さく震えた。
雲の薄れた月の光がシンドバッドの背に当たって、笑顔を一層輝くものにしている。
向けられるとても優しい笑顔が、苦しい。
泣かないと、決めたのに。
どうしようもなく、悲しくて、切なくて、拳を解くと全身の力が抜けて、磨かれた大理石の床にぽとりと涙が落ちる。

シンドバッドが近づいてくると、身が縮こまって、唇を開いて声を絞り出す。
「ッ、しんどばっ、ど。さま。要らないなら、すて、て。愛されてなくても、私、あなたの為に、っくっ、あなたの、ためっ……に、」
もっと続くのに、喉に引っかかる嗚咽に邪魔されてどうしても出てこない。
涙を止めるために強く擦ったせいで瞼はちりっと痛くて、鼻の奥にもツンっとした痛みが走る。
もっと酷いのは、忙しなくなる心臓。その奥が押し潰されるように痛い。
顔を隠して、涙に本音を流す紅玉にいたたまれなくなったシンドバッドは、近づいて、抱きしめる事しかできなかった。

「こわいです。利用しているだけなら、やさしくしない、で。好きになってもらえなくても、愛されてなくても、私は、あなたの思うままに動きます」

正にその通り。彼女に近づいたのは、利用するため。
シンドバッドは、隠し通せなかったうそへの否定はしなかった。
求めたのは、煌帝国の皇女。何か起こった時に、自分の方へとついてくれる駒を増やすために。
ただそれだけで、情も何も生み出さないつもりだった。
男女間の愛だの、恋に、興味は無かった。くだらなくて、邪魔なものだと感じることも有った。
嘘と共に、近づいた。
偽りから入った愛は、信じてもらえないのか?
その嘘が、本当になってしまったら?

『あなたの思うままに動きます』
欲しかった、もうずっと前から求めていた言葉を紅玉からは貰った。
本来ならば、これで、己の仕事は終わり。後は、適当に、これをかけるつもりだった。
でも、本当に欲しいのはそんなものではなくて。
求めているのは、練紅玉というひとりの女性。



次に、姫君へつくうそは?

思惑眠る本能に、そっと問いかけた。




2013/04/15
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