ノックアウト、寸前。 | ナノ




ノックアウト、寸前。


思春期の男の子の成長は、著しく早いものだとナインを見てエミナは常々実感をしていた。
エミナを追ってナインはクリスタリウムへ。
古びた本の匂いと、膨大なる書籍を目の前にして己の居場所ではないと感じる此処にはあっと深いため息をついて、眉を寄せていた。
目を離した隙に、エミナの姿は無く視線だけで探すが見つからない。
視界巡らせつつ、軍神の古い文献に読み耽るエミナを見つけると獲物を見つけた獣のような瞳と口端をにやりと釣り上げてエミナにそろりと近づいていく。
息を殺して、エミナの後ろに回るとぎゅっと抱きしめた。

「!!きゃっ……、もう、ビックリさせないでくれるかなぁ。」
突然の力強い抱擁に身を強張らせ、心音を高鳴らせて恐る恐る振り返る。見慣れたその顔にエミナは安堵のため息をついた。
「あー、ワリィ。」
屈託のない笑顔を向けられると、エミナもそれ以上は言えずにぱたんと本を閉じた。
「ホントに、悪いと思ってるのかな〜?ここでは良い子にしててネ?」
なるべく声を出さないようにして、顔だけ向けて言い聞かせる。
「無理。頭痛くなった。つまんねぇぜ。」
「んー、面白い文献がたくさんあるんだけど。ねぇ、ちょっと恥ずかしい。」
腕にすっぽりと収まって、べったりとくっつかれて身動きの取れないエミナは困ったように笑う。
「……誰も見てねぇって。」
「どきどきするからやめてほしいの。」
聞こえないように小さく小さく呟いた。
余裕ぶってはいるものの、男を感じさせる熱い胸板に強く抱きしめられるとよろめいてしまいそうにもなる。
ナインだから、こうなっているのだと自覚はあるがあまり知られたくはなかった。年下の、朱雀の誇る零組のナインに恋をしているなど背徳的な想いは早急に捨てなければならないから。
高鳴る心音を聞かれたくなくて、エミナは逞しい腕の中でどうにか逃れようと身体を揺らす。
それは、全くもって無意味な抵抗だった。ふうと諦めのため息をつくと、両手で持っていても重たい文献をもとの位置に戻すべく背伸びをしてみたがなかなか届かない。
唸っていると後方のナインの腕が伸びてきて、文献は元の場所へと戻された。
「ありがと。」
小さな優しさに表情を綻ばせていると、腕の力が緩んだ。離してくれる気になったのだと思ったがそれは大きな間違いで。
腕を引っ張られて、本棚に背を預けられて、エミナの眼前にはナインがいた。強引且つ器用な手捌きに、驚いて近づく顔を黙って見つめた。
初めて出会った時よりも、幾分大人になっている表情と、食べられているのではないかと思うほどの強い眼差しにエミナはまた心音を高鳴らせた。
いつまでたっても青臭い少年ではなくて、濃い色を帯びた男なのだと感じる。
こんなにも、成長が早いものかと。
「ごホウビくれねぇのか?」
抑えた声が耳に届くと、エミナはどこに視線を合わせればいいのか迷い戸惑う。
ナインの表情は、エミナの表情を知ってか知らずか楽しげだった。エミナが掌で転がされているのではと思う程に。
「ナニがお望み?」
そろりと視線を上げて、わざとらしく問いかける。
「分かってるくせに。知らねぇなんて言わせねーぞ、コラァ!」
「言ってくれないと、ワカリマセン。」
危険な賭け。ここで知らないならばと引いてくれるなら、それこそ本望。薄く唇を開いて、静かに待った。
「わっかんねぇオンナだな。からかってんのか?アンタの全部が欲しいって言ってんだよ。」
首を傾げて唖然とした後に、至って真剣な表情を向けるナインが印象的。
本望だなんて、嘘偽りこの上ない。
この答こそ、待っていた。エミナは、きゅうっと締め付けられる胸を抑えた。

心ごと、囚われるまで、後数秒。


2011/12/22