絶対的敗北感(シャルルカン×ヤムライハ) |
想いが一つに重なって、お付き合いをするようになった。 付き合う前は、口喧嘩が絶えなかった。 素直になれなくて、売り言葉に買い言葉。 けれど、付き合い始めるとシャルは私に、驚くほどに甘い。 それが、くすぐったくて、どうしていいか分からなくて、極端に言えば、嫌だった。 「なあ、飲みに行こうぜー」 黒秤塔まで、毎日足を運んで屈託のない笑顔を見せる。シャルはこの所、いつも笑顔なのに、私はうまく笑えなくて、以前よりも冷たく接してしまう。 「まだ魔法の研究中なの!」 可愛く言えなくて、突っぱねるような物言いには自分でも呆れる。 不服そうな表情を向けられると思ったけれど、シャルはやっぱり優しく笑いかけてくれる。 「そっか。んじゃ、終わるまでずっと待ってる」 「いいわよ。今度でいいでしょ」 顔を背けて腕を組んでも、諦めてくれなかった。 「今度今度って言ってたら、会ってくれねえだろ」 続いた言葉と、笑顔が抜けて寂しそうな顔に居た堪れなくなった私は、可愛くなくこう返す。 「別にいつでも会えるじゃない。分かったわよ。いつ終わるか分かんないけど、それでもいいなら」 「おう!ずっと待ってるぜ!」 くすぐったいくらいの笑顔を直視できなくて、すぐに顔を逸らすと大きくて逞しい背中を見送った。 どうして、あんなに素直になれるんだろう。 会いたいときには、会いたいと言えることが羨ましい。 私は、付き合う前と変わらずに素っ気なくしてしまう。以前よりも、それ以上に冷たくなっているかもしれない。 大好きな筈の魔法の研究にも身が入らなくて、ちらつくのはシャルルカンの顔だとか、優しい声だとか。 どうしても気が乗らなくて、研究を早々と終わらせると、黒秤塔を出た私の足は、シャルルカンの元に向かっていた。 鍛錬場には鍛え上げられた男たちが、各々剣術を披露して、剣を交える。 摩擦音に奥歯を噛み締めて、視線で白銀を探した。 自分でも驚くくらいに、彼はすぐに見つかった。一際大きな声と、派手な舞のような動き。 先程まで、笑顔を向けてくれていた人物とはまるで違っていた。顔は引き締まっていて、愉しそうだけれども、真剣に剣を追いかけている。 ずっと前から知っているはずの顔が、以前と違って逞しい男の人だった。 「!」 「ヤムライハ!なんだよ、終わったのかよ」 目が合ったけど、思い切り逸らしてしまった。何も、鍛錬場で、そんな大きな声と、笑顔を向けてこなくてもいいのに。 「うん。暇だったから来てみただけよ」 間違えた。こんなに突き放すようないいかたしたくないのに。 「どうだった、俺!」 褒めて褒めてと言ってくるのが緩んだ表情から窺える。 「別に、見てないからわかんないわ」 嘘ばっかり。格好良くて、目が離せなかった。もっと見たいと思った。 「んじゃ、今度は俺の剣術しっかり見ろよ。ぜってえ、惚れるから」 誇らしげに言うシャルルカンがとても眩しい。 もう惚れてるわよ、バカ。じとりと見上げて、心の中で呟いた。 「どうかしら、もっと素敵な人がいるのかも」 私の口からは、でまかせばかり出てしまう。魔法の研究のし過ぎで、本当のことが言えない魔法でも知らず知らずに開発してしまったのかもしれない。 これは、世紀の大発明になるかもしれないけど、私にとっては史上最悪の出来の魔法だと思う。 言い過ぎた、これは口喧嘩になるだろうと覚悟していた。 「お前に似合う男、他にいるんだろうな。いても関係ねえけど、頑張って振り向かせるからぜんっぜん怖くねえよ!寧ろ、ライバル大歓迎みてえな?」 何それ、恥ずかしくなること言わないで。 シャルルカンは、本当に素直になった。全身で、言葉で、真っ直ぐ見つめて伝えてくれる。 私はそれに、上手く答えられないどころか反発することばかりを言ってしまう。 恋に、慣れてないからだ。 男の人と、うまく向き合えないからだ。 彼の、優しさが怖いからだ。 幾つか理由を考えてみたが、どれもしっくりこない。 「私には、あんた以外考えられないのよ、剣術ばか。鈍すぎなのよ、ばかシャル。ばーか、あんたはばかよ」 こんなに冷たくしてるのに、変わらず接してくれて、優しくて、たくさんの笑顔をくれる。 私には、勿体ない位の良い男。 宜しくないのは、ばかなのは、素直になれない私の方だと、最後は力を込めて叫んだ。 「あいっかわらず、可愛くねえ言い方。魔法おたくのお前に言われたくねえ。けど、すっげえ嬉しい」 笑顔の質が変わった。 嬉しそうに、照れくさそうに笑って好きだって言ってくれてるのが分かる。 自意識過剰でもなんでもいい。 「やってらんねえよなァ。俺は、お前にベタ惚れみてえなんだけど、どうすりゃいい?」 「知らないわよ!何よ、私はあんたにだけは負けたくないわ」 質問とは全くない言葉を吐き出して、よく分からない言葉が出てきた。 けど、このよく分からない言葉の感情の出所は掴めた。 「ああ、俺のボロ負けだろ。お前には、勝てねえ」 あっさり降参宣言されて、こっちが負けた気分になる。 「ちょっと、勝負放棄しないでよ」 分かったのよ。 素直になれない本当の理由。 恋愛に勝ち負けなんて、無いってことは分かっているんだけど。 私は、シャルルカンに勝てないからだ。 大好きな気持ちは、私の方が上なんだ。 納得出来たら、眉間に寄った皺もほぐれて素直に笑えた。 見ていたシャルルカンも、つられたように笑う。 本当に、優しく笑うなぁ、なんて思っていると、 「やっと笑ってくれた。お前の笑った顔ってすげえすき」 そっくりそのまま返してやりたい。 ほらやっぱり、私はあんたには永遠に勝てないのよ。 もっと、好きになってしまう。 私の方があんたにベタ惚れなんだけど、どうしたらいいの? 消えてしまわなくてもいい心地いいほどの、絶対的敗北感。 - - - - - - - - - - 2013/02/10 |