一番にして(シンドバッド×紅玉) |
一国の主という立場で在る以上、食客のもてなしや、他国との外交はつきものなのだ。 その上で、女性とのお付き合いというものも必要となってくる。 お付き合いで、夜な夜な着飾った、場慣れした女性と共に酒をという事もしばしば。 膝に乗せて、楽しくお酒を交わすだけ。そう、シンドバッドは本当にそれだけだった。 それ以上の事を、女性と愉しんだことは無かった。 紅玉と出会ってからは。 今日も飲み過ぎたと、葡萄酒の香る己の身体に苦笑して向かった先は紅玉のお部屋。 目を擦りながら、扉を開けた紅玉は目の前のほんのりと頬を上気させたシンドバッドに向けてはにかんだ。 「お酒のニオイがする」 シンドバッドの横に寄り添うと、一瞬寂しそうに笑ったがそれは薄暗い部屋に染まって見えなくなった。 「ああ、呑んできた。バドールという国の葡萄酒は美味いぞ!女性も美人揃いだ!」 酔い極まって要らぬことを紡いだシンドバッドは、しまったとその太い眉を上げて紅玉の反応窺う。 大事な女性の前で、他の女の事を話すのは如何なものかと、引っぱたかれても自業自得。 「ふふっ、シンドバッド様が気に入られたみたいで良かったですわぁ。私も飲んでみたい。素敵な女性もいたのね」 本命の前で言う台詞では無かったとは思ったもの、紅玉は然程気にしていないように思えたので、シンドバッドは安心すると同時に気になった。 全く何も突っ込まれずに、許容されるのは少し寂しい気がするのは身勝手なのだろうか。 「シンドバッド様、今夜は、私でよかったのでしょうか?」 耳を疑うような紅玉の台詞に、シンドバッドの酔いも覚めた。ベッドに入り、小さくて柔らかい身体を堪能していた時だった。 「良かったもなにも、俺は姫君が良いのだが」 「そう、ですか?この所、毎晩来てくださるので、とても嬉しいのですが……」 「迷惑、なのか?」 こんなことを女性に言われたのは初めてだった。程よく回っていた酒も、全身から根こそぎ消えて身体が冷えていくのを感じる。 腹部に得体のしれない何かが突き刺さって痛い。まさか、この俺が、拒絶? 「ち、違いますわぁ。あの、他の女性はよろしかったのでしょうか?」 「どういう意味でしょうか?」 シンドバッドの笑顔も引き攣って、思わず敬語でそう返した。 他にも何人の女ともこういう仲だと言われているよう。女性は大好きだが、そのような誠実でない行為はしていない。 「えっと、その、一番大切にされている女性に申し訳ないような気がして」 「は?」 姫君の理解できない言葉に、シンドバッドは暫く黙って考えた。 一番大切にしている女性は目の前にいるわけで。他に誰がいるのだろうかと。 毎夜毎夜、愛し合っているのにどうも全く伝わっていないことに唖然とした。 口のまわるシンドバッドだったが、流石に暫く押し黙って固まってしまっていた。 「シンドバッド様程の男性だったら、もっと素敵な女性がいるのでしょう?私、一番になれなくてもいいの。こうして傍にいてくれるだけで嬉しいの」 根っからの遊び人の男なら、その言葉に絆され、都合の良い女だと喜ぶだろう。 だが、シンドバッドは、そのような宣言は断じてお断りだった。 「姫君、そんな自分を大事にしないような発言は好ましくないな。それが本心なら、俺は悲しいぞ」 「どうして?」 まどろっこしい説明は省くことに決めた。 「貴女が、特別で、一番だからだ。姫君は、俺の一番にはなりたくないのか?」 「………」 「そうか、俺が、姫君以外の女性を愛しても何も思わないのか、姫君にするように、優しく触れても問題ないと」 「い、嫌!嫌ですわぁ。優しく触るのは私だけにしてほしいです」 「安心した。気持ちを押し込めないで、いろいろと教えてくれたら嬉しい」 「嫌いになったり、重いって思わないですか?」 「ならない。その程度で、大事な女性を敬遠するような男は見限った方がいい」 きっぱりとはっきりと否定するシンドバッドの胸板に、紅玉はそっと控えめに寄り添った。 「……シンドバッド様の一番がいいわ。声も、指も、唇も、私だけのモノです。う、浮気したら怒りますから」 誘うような女の目で言ったかと思うと、最後は遠慮がちにだが紅玉は唇を震わせて小さく呟いた。 「いいな、怒ってほしいものだ」 背伸びをしていない等身大の言葉に、シンドバッドは目を細めた。 「う、浮気するんですか?」 意味を取り違えた紅玉はシンドバッドの袖をきゅっと握る。 寂しそうに眉を下げる紅玉が可愛らしくて、シンドバッドは意地悪く口角を上げて間を取った。 はらはらした表情で言葉を待つ紅玉に小さく笑った。 「……する気は無いけど、姫君になら怒られるのも悪くは無いと思ったんだ」 「もう、シンドバッド様、シンドバッド様がもし、浮気しちゃったら、私も他の殿方と戯れようかしら」 ふいと視線を逸らして、素っ気ない声。 「やめてくれ、本気でへこむから」 シンドバッドは、真顔で即答した。 「冗談ですわ。意地悪の仕返しです」 振り返った紅玉は、しゅんとするシンドバッドをみて、先程の彼と同じように間をあけて笑う。 潮らしく、臆病なところが有るかと思えば、このようにしてやられることもある。 「悪い子だな」 紅玉以外の女性が、この心に入り込む隙間は無い。 姫君が、一番です。 - - - - - - - - - - 2013/02/10 |