違うわ、そうじゃない。 | ナノ




違うわ、そうじゃない。


相棒だといっておかないと傍にいられないような気がして。
フランは胸の内の感情をそっと秘めたままにしておいた。
楽しげに女性と会話をするバルフレアを見ても知らぬ存ぜぬ。
を突き通していた、何故なら、彼の心に相棒としか映っていないのだから。
この感情を何と呼ぶのか、長い年月を生きていてもわからない。


「ああ、フランはオレの大切な相棒だ。」
バルフレアに新たなカクテルを、と思い席を立った一瞬の隙に、彼の隣に座るのはブロンドの美女。名はリザという。
独特の色気と整った顔が女性を引き寄せられるのか、いつもの事だった。

そして、リザはバルフレアにご執心気味。
この酒場に来ると決まって現れてバルフレアの隣を陣取る。
冷静沈着に傍観していたが、フランはこの光景に慣れているわけでもなかった。
幾分、成熟したヴィエラだとはいっても面白くないものは面白くない。

派手なブロンドの巻髪に、如何にも男を漁っていますというような胸元の開いたいやらしい衣服を纏ってバルフレアの隣を陣取っている。
瞳の色と同じグリーンのカクテルをテーブルに置くと、同時にその女から威嚇を受け取った。
少し遅れて相棒と言われて、小さく頷いた。
何も間違っていない二人を表す関係、しかしながらフランは少しだけ寂しい気持ちを隠すことが出来ずにいた。
「そうなの。じゃあ、バルフレア、今夜はあたしの相手をしてくれる?」
リザはどこか嬉しそうに口端を僅かに吊り上げて、甘いカクテルを一口飲んだ。
余程身体に自信があるのか、バルフレアの腕に絡みついて胸を押しつけている。あからさま過ぎる威嚇にフランは訝しげに眉を寄せた。
「ああ、それは光栄な誘い。」
バルフレアはというと、強引な誘いも嫌いではなかったが如何せんこの女性にまるで興味がなかった。
強く断る主義でもなかったので、日々のらりくらりとはぐらかしていたのだ。
結果、強引なお誘いを受けることになったのだが、カクテルを飲みつつどう切り抜けようかと考えていた。

相棒と言えど、想っているのヴィエラの彼女だけ。
さて頃合もそろそろ、やんわりとお断りの言葉を紡ごうとした刹那、頬にかかるのは柔らかな髪と心地いいジャスミンの香り。
首回りにフランの長い手が絡みつく。何が起こったか理解するまで時間がかかった。

「ダメよ、彼は今日、私の相手をするの。ねえ、バルフレア。」
フラン自身も衝動的な行動に驚きつつも、止められなかった。低くしなやかな声音はリザに届く。

「あなたは、ただの相棒でしょう?」
ブロンド髪の女の声音は落ち着いて優しいのだが、表情は引き攣っている。意地悪く『相棒』という言葉を強調させていた。
「そうよ、だけど、今夜は相手をしてくれるの。」
言われなくてもわかっていると表情に色濃く映して平然とした表情で返した。

嫉妬というものはなかなか恐ろしいものだ。普段、このようなことを言わない寡黙なフランも饒舌になっていく。
「そうなの、バルフレア?」
腕に強く絡み付いてその女は問う。バルフレアはと言えど、珍しく照れくさそうな表情を浮かべて肩口にあるフランの顔を横目で見つめた。
「……ああ、今夜はフランと、だ。」
首元に絡みつく腕に逃れる気はなくて。それに、甘い誘惑を断る必要はなかった。
眉を下げる女を知らぬ振りして、フランの頬を撫でた。


目の前で色気むんむんの空賊と美しいヴィエラが妖しく絡み合っている事実から顔を背けると、キツくフランを睨んでリザは酒場を後にした。
「あーあ、泣かせちまったか、女を泣かせるのは趣味じゃなかったんだけどな。」
「罪な男。少し、かわいそうなことをしたかしら。」
大人気もなく仕返ししすぎたかと、フランの耳がしゅんっとしな垂れた。だが、どうしてもバルフレアを奪われたくなくて起こした行動。
過ったのは嫉妬。だが、その事実から目を背けた。

「そろそろはっきりさせないといけなかったからな。助かった。」
銀の髪を指先に絡めるバルフレアの表情はどこか楽しげだ。首元から離れようとしたフランだが、腕を掴む手に止められた。
「フランがあんなこと言うなんてな。」
「…困ってたみたいだから、言っただけ。あんな下手な誘い文句じゃ、あなたの心は動かせないわね。」
冗談交じりに笑っていると、彼もまた小さく笑った。
「いいや、大満足だ。今夜、相手してくれるのか?」
「……私は、相棒よ。あなたの女じゃないわ。」
自分とバルフレアの関係を強調して耳元で紡ぐ。そして、ちゅっとバルフレアのピアスに口づけた。




ベッドに入って甘いひと時を過ごし、彼のお気に入りに指輪を外してフランはその指輪を嵌めて眺めた。
視線感じるとそちらを向いて、首を傾げる。
「フラン、嫉妬してただろ?」
「ぼうや、面白いことを言うようになったわね。」
楽しげなバルフレアの間髪入れずに余裕の表情を浮かべて返した。

嫉妬、違うわ、そうじゃない。
嫉妬なんてヴィエラは知らないわ。

ただ、バルフレアに傍にいてほしかっただけ。


2011/11/04