ハイビスカス(シャル→ヤム←マス)




「ふう。買い出しは、これくらいでいいかな」
シャルルカン、ヤムライハ、マスルールはジャーファルに頼まれて三人で仲良くお買いもの。
前髪を下ろして、髪を横に流すヤムライハの装いは普段の魔導士とは異なって、普通の女性だった。
普段の彼女も見慣れているはずのシャルルカンだったが、矢張り、慣れない。

王宮まで帰る途中に見えたのは、空より深く感じる蒼。三人はその場所に足を止めた。
陽の光によって細かく輝く水面を、風で乱れる髪を抑えて、ヤムライハはじっと眺めていた。


「キレイねぇ」
感嘆のため息とともに目を細めて呟く。ずっと見ていたくなるような優しい横顔を一瞥して、少し間を置くとシャルルカンはいつものように反射的に、お決まりの軽口を叩いた。
「キレイな景色は、可愛い女の子と見たかったなァ」
やってしまったと片眉を上げるも、続くのは揶揄するような言葉ばかり。
長い翡翠が目に入ると、視線をそちらに向ける。案の定、ヤムライハは眉根を寄せて、面白くなさそうに顔を背ける。

「私だって、素敵な男性と一緒に見たかったわ!アンタとなんて、不愉快!」
勿論、そう返ってくるのは分かり切ってきたこと。
自業自得だと分かっていても、言葉を止めることは出来なかった。
「……そんなムスーっとした可愛くない顔で、素敵な男性とやらが出来るかっつーの。出来ねぇよな?マスルール」
隣にいるであろうマスルールに話を持っていったのだが、紅髪の男は忽然とその場から姿を消していた。

「何よ。むすっとした顔にさせてるのは、どこの誰よ!」
ぎゅっと拳を作ったヤムライハは、シャルルカンを睨みつけた。
ヤムライハの前に影が出来る。
その表情も、甘い花の匂いで和らいだ。


「えっ、ちょっとこれ……凄い、どこに咲いてたの?」
何も言わずに差し出されたそれを、両手で受け止めると見上げてマスルールに問う。
「向こうの方で見つけたんですよ」
二人の元に戻ってきたマスルールは、喧嘩仲裁とは少しばかり違うが二人の元に割って入ると、両手に抱えたハイビスカスを一輪、手に取って眺めた。

「マスルールくんと同じ色、ね」
「……、あ、似合いますね」
そして、ヤムライハの髪に挿す。無表情のまま言った。

「……、こういうことされたのは初めてだから、ちょっと照れるわね。でも、あの、……ありがと」
険しい表情もいつしか穏やかに戻って、耳に髪をかけつつ、視線を右往左往して照れくさそうにはにかんだ。

「……笑った方が可愛いですよ」
次いで出てくるマスルールの不意打ちに肩を震わせた。
「も、もう、いいわよ!そんな気を遣わなくて。そういうこと言ってくれる人いないから嬉しい……かも」
先程よりも白い頬を朱に染めて、ヤムライハは遠慮がちに呟いた。
二人の遣り取りが、付き合い始めの初々しい恋人同士のようで、見ていられなくなったシャルルカンはそっと目を逸らした。
「……帰るぞ。王サマが待ってんだろ」
暖かい雰囲気に割って入るように冷たく紡いで、蒼い海に背を向けた。


口喧嘩でしかヤムライハの気を引けない己にため息をついて、帰り道意外に器用な後輩に問いかけた。

「あんなことするなんてお前らしくねえな」
「ああいうことしたいって思ったのは、あの人が初めてですね」
上機嫌でハイビスカスを眺めるヤムライハを見て、相変わらずの無表情さを保ったまま答えた。
「おまえさー、まさかと思うけど、あの魔法オタクに惚れてんの?」
「先輩には秘密ですけど、多分、先輩と同じ気持ちでしょうね」
冗談のつもりが、意表をつく返答に、改めて己の気持ちを思い知らされた。

「早く帰らないと、王が待ってるわよ」
何も知らずに笑顔を浮かべるヤムライハと、それに優しい表情で応えるマスルールと、遅れてきた甘い花の香り。

シャルルカンには、居心地のいいものでは無かった。


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2012/10/12
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