反転(シン紅←ジュダル)


すっかり陽の落ちた秋の夜、紅玉とジュダルはふかふかのベッドの上に腰を下ろして会話を始めた。
紅玉の部屋に焚いた香の匂いがジュダルは好きだった。
この匂いに、殺気立つ気持ちも幾らか落ち着いていた。
しかし、今夜感じるのは、違和感。匂いが、一つだけではないような気がした。
柔らかい声が紡ぎだすのは、決まって七海の覇王の事だった。

紅玉がシンドバッドに想いを寄せていることは、以前から知っていた。
上手く行くことは無いだろうと、高みの見物を決め込んでいた。
しかし、いつの間にか二人は恋仲に。
それまで何でも話していた紅玉だったが、シンドバッドと付き合うことになった経緯だけは話してくれていない。
闘いしか求めていないジュダルにとっては、恋だの愛だのなんてことはくだらないことのように思えた。
理解できないうえに、するつもりも毛頭なかった。
また今日も始まったと、ジュダルは片眉を上げて聞き流していた。
煩いと跳ね返してしまえばよかったのだが、楽しそうににこにこと笑顔を絶やさない紅玉に冷たくは出来なかった。

「ジュダルちゃん、聞いてる?」
「あーはいはい、聞いてるっつーの。ババアとバカ殿のクソつまんねー話だろ?」
聞き飽きたと柔らかいベッドに背を預けたジュダルは、顔を除き込む紅玉を一瞥していつになく素っ気なく呟いた。
「つまらないなんてひどいわぁ!私、今とても幸せなの。ジュダルちゃんにも聞いてほしくて仕方なかったのぉ」
ふふっと口端を緩めて、幸せで仕方ないといった全身から桃色オーラを放つ紅玉に、片眉を上げて見つめていた。
「ババア、なんかついてるぞ」
シンドバッドに想いを馳せる紅玉の首筋に、うっすらと浮かぶ紅を発見した。
それが、シンドバッドによってつけられた痕だということを理解するのに時間はかからなかった。

「ひゃうぅ!くすぐったいわぁ」
思うわず手を伸ばしてそこに触れるジュダルの指先がこそばゆくて、紅玉は声を上げて一歩引いた。
「うぜー、痕つけて威嚇してんのかよ。余裕ねーな、バカ殿。大好きなシンドバッド様に、もう女にしてもらったか?」
紅玉が、完全に離れて行った気がした。ジュダルは、それが嫌だった。
恋仲になったと聞いたその時から、分かっていた筈だった。けれども、それは遠い先のようで、もしかしたら訪れない事だと頭の片隅で思っていたのかもしれない。
知ってしまうと、もう駄目だった。
無意識に口端は吊り上って、眉間による皺を止めることはできない。鼻で嗤ってはいるものの、ジュダルの笑みはとても冷たかった。
今まで、ジュダルに恐怖を感じたことのない紅玉だったが、身の危険を感じて触れたままの指先を払って距離を置く。

「言っている意味が分からないわぁ」
少し前の紅玉ならば、首を傾げて何も知らない目で純粋に言葉の意味を問いかけていた。
しかし、今は、頬を赤く染めて袖口で顔を隠して知らぬ存ぜぬを通そうとしている。
威嚇のみの所有印かと思えば、どうやら本当に、心だけではなく、その身体までシンドバッドに奪われてしまったようだ。
ふつふつと沸きあがる何とも言い難い悔しいような、寂しいような気持ちが居場所無く彷徨って、ジュダルは唇を噛み締める。

「ふーん、通りで、匂いが違うんだな。腹立つぜ」
好きだった紅玉の匂いも、合点がいけば嫉妬の対象にしかならない。

「……、ジュダルちゃん?」
横から降りかかる声音が、寂しそうに聞こえた紅玉は袖口から顔を覗かせる。
持て余す武の才能に憧れは抱けど、ジュダルへ畏怖を感じたことは無かった。
初めて感じるそれは、男性の視線の恐怖だった。

紅玉の顔に、影が出来る。
「やぁ!やだぁ」
腕を掴まれて、首筋に這う生き物のような生暖かい舌に紅玉は身震いした。
ねっとりと舐めあげて、どうにもならない想いを上から乗せる様にシンドバッドのつけた痕の上に吸い付く。
薄かった赤は、深く残る。
それだけでは飽き足りずに、先についた痕とは反対の場所に強く強く吸い付いて、新しい己の痕を残した。
紅玉は、ちりっとした痛みを感じるが、拒絶しようにも力が入らない。


ジュダルから向けられる視線は、幼いころから知る彼の目ではない事に、幾らかの裏切りを感じた。
身勝手とは分かっているが、知らない誰かを見るように、そんな冷たいけれども、哀しい目で見ないで欲しかった。
どうにも出来ないとわかっているが、どうにかしてあげたい。
だが、刺すようなその視線から逃れられない紅玉は、シンドバッドへの罪悪感に瞳を伏せた。


「セックスも、俺のがうまいんじゃねー?」
濃く深く刻みつけた痕を舌先で舐めあげると、シンドバッドがつけた痕よりもよくできたと満足気に口端を歪めた。

「ジュダルちゃん、私は、シンドバッド様だけのものよ……」
視線を地に伏せて、申し訳なさそうに言う。
その拒絶が許せなくて、歯痒い。

好きだった優しい匂いも、僅かに残る穏やかな気持ちも、今夜此処で、反転した。

紅玉の、唯、一人の、特別になりたかった。



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2012/10/08
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