おいしい唇(シャルルカン×ヤムライハ)


年下の、剣術ばかに惑わされるなんて思ってもみなかった。
デートという訳では無いけれど、待ち合わせしたわけでもないけれど、たまたま同じ時間に同じ場所で食事をすることになったから、向かい合わせに座って昼食をしているだけ。
ここの色気なんてものは存在しない。
決して、デートという訳では無いと己に言い聞かせるヤムライハの眉間には皺が寄っていた。


程なく食事も終えたころ、女性限定という事で出てきた食後のデザートに、ヤムライハはようやくその皺を解して、瑞々しいフルーツに舌鼓を打っていた。
「おいしい。すごーい、果汁が溢れてる。や、やだ、零れちゃう」
熟した桃を咥内に招き入れると、口端から垂れてしまいそうになる果汁を必死に呑み込む。
唇を覆うヤムライハの仕草と、なんてことのない言葉なのだか、そこから良からぬ妄想をしてしまったシャルルカンは、思わず彼女を凝視した。
口恥を拭えたのだが、違和感を感じる。それは、シャルルカンからの視線だった。
見つめられて、何事かとヤムライハの視線もシャルルカンの元へ向かう。
フルーツが、羨ましいのかと勘違いをしたヤムライハは、彩り鮮やかなそれと、彼の瞳を交互に見つめた。

「……、一口上げてもいいわよ?」
ふふんと笑って、フォークに刺したフルーツを、シャルルカンの目の前でちらつかせる。
「あ?あー、いや、いらね……」
我に返ったシャルルカンは、思い切り首を横に振って否定した。
「ふーん。こんなにおいしいのに……、なーんか、変ね、あんた。本当は、食べたくて仕方ないんでしょ!」
勝ち誇ったような顔で、指差す見当違いな声を出すヤムライハに、シャルルカンは面白くなさそうに眉を寄せる。
「ちげえっての。あのな……」
果汁に濡れた唇と、妙に色っぽく聞こえる声音と仕草にどきどきした。
と、いうのが本音。
シャルルカンの性格上言えなかった。
ヤムライハは、不思議そうに首を傾げると、最後の一口を口に含んで味わって食べた。
「あんたがいらないんなら、食べちゃうんだから」
唇に僅かに垂れた果汁を、ヤムライハは無意識のうちに舌先で舐めあげた。
妙に色気のある唇と舌と表情に、シャルルカンはまたもや釘付けとなった。


ごちそうさまと呟いた視線の先には、シャルルカンの何か言いたげな表情。
「な、なによ。あんたがいらないって言ったから全部食べちゃったんだからね!」
「……やっぱ、一口くれ。俺も食いたい」
「だから、もう食べちゃったわよ!」
完食した皿に視線を向けて、その要望はかなわないと首を振る。
「まだ残ってんだろうが」
木製のテーブルに、手をついたシャルルカンは、濡れたヤムライハの唇に親指で触れる。湿った指先を舐めた。
重なるのは、視線よりも先に唇だった。
咥内に入り込む生暖かい熱い舌が、ヤムライハの舌に絡み付いてきつく吸い上げる。
周りの目が気になるというよりも、くすぐったくて気持ちがいいという方が先にやってきた。
くちゅりと音を立てて引き抜かれる舌に、全てを奪われたような気がした。

「……あんたって、ほんっとに馬鹿ね!つ、付き合ってもないのに、こんなことしないでよ!ばか、剣術ばか!」
「そーだな、だったら、今日から付き合ってみるか?」
咄嗟に反応できずに、ヤムライハは口ごもった。
「フルーツっつーか、お前の口のナカうまかった」

心底楽しそうなシャルルカンの笑みが悔しくて、だけれども、何故か嬉しかった。
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2012/10/05
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